小説 川崎サイト

 

吸盤

川崎ゆきお



 カタン。
 そんな音を上田は聞いた。
「またか」
 上田はトイレのドアを開く。
 音の正体はタオル掛けだった。三十センチほどのステンレス棒で、両端に吸盤が付いている。それが落ちたのだ。
 タオル掛けだが実際には柄の付いたタワシやスポンジなどが五本ほどS字フックにぶら下がっている。それらが一気に落ちたのだ。
 タオル程度の重さにしか対応していないわけではない。
 何も掛けていない状態でも、吸盤は落ちた。ある時は片方だけぶら下がっていた。両方落ちるとカタンと音がする。
 その「カタン」が聞こえない場合、落ちていないのだが、片方がずれていたりする。
 トイレへ行く度に上田はそれを確認する。そのため、チェックは一日数度だ。それが日課になって三日ほど。
 タオル掛けは別にある。こちらは接着剤で止めるタイプだ。
 上田がタオル掛けのバーを買ったのは道具類が下で散乱していたからだ。それらを壁際に吊したいと考えた。幸いどの掃除道具もひっかけるための穴が取っ手に付いている。
 トイレはタイルで囲われている。だから、吸盤タイプがよいと考えたのだろう。タイルにネジはねじ込めない。
 一日ほど、しっかりとくっついていることがあった。だから、いけると思い、さらに三つ買ってきて、取り付けた。
 都合四つのバーが八カ所の吸盤でくっついていることになる。どれも不安定だ。
 八つの心配ごとができたような感じだ。
 トイレへ行く度に見るのだが、片方が浮き、斜めにぶら下がっている。無事なのもある。だが、それも次に見に行ったときはぶら下がっている。
 その中で、絶対に動かない吸盤がある。優等生の吸盤だ。吸いついた場所との相性がいいのだろう。または、その吸盤だけが出来がいいのかもしれない。
 パッケージの説明では「よく拭いて」とある。
 上田は吸盤なので、水を含ませた方がいいのではないかと考えたが、そうではないようだ。
 それで、はずれる度に、いろいろと吸着方法を変える。だが、どの方法も成功しない。
 そして、片方ずれではなく、両方がはずれると「カタン」と音がする。
 複数買ったのは、道具吊りと、雑巾を乾かすためだ。
 雑巾を洗った後、置く場所がなかったのだ。
 そして、今夜も「カタン」や「ガタッ」や「カチン」のどれかの音がしている。
 吊した物は落ちる。だから、最初から落としておけばいい。それなら、バケツの中につっこんでおけばいい。
 だが、吸盤がくっついたとき、引っ張ってもねじてもびくりとも動かない様子を上田は見たかった。
 
   了


2011年3月30日

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