小説 川崎サイト



白い道

川崎ゆきお



 人は何かのモードに入ってしまうことがある。
 高山が、そのモードの一つに入ったのか、山歩きを思いついた。街に疲れ人に疲れたのかもしれない。
 ここでモードを変えないと壊れてしまい、仕事や家庭にも影響が出ると考えてのことだ。
 高山は子供の頃ののんびりとした暮らしを思い出した。あの頃が一番安定していたように思えた。
 子供の頃はそうは思っていなかったかもしれないが、今よりは遥かにましだ。
 家族でハイキングに行ったことを思い出し、そのコースを辿ろうと決めた。
 決め事だらけの暮らしの中で、どうでもいいことを決めるのは快かった。
 高山は誰にも言わず、普段着のまま山へ入った。
 そのコースは二時間ほどだ。ケーブルで頂上まで登り、そこを下れば駅に出る。下りばかりの楽なコースだった。
 平日なので、山頂駅は静かだった。気楽に登れるほど低い山ではないためだろう。
 青葉台駅へ出るコースはすぐに見つかった。二十年以上前とそれほど景色は変わったいないためか、記憶も蘇りやすい。
 高山は下り坂を淡々と下ってゆく。
 小鳥のさえずり、樹木の匂い。足の裏に伝わる土の感触。これが忘れていたモードであり、欠乏していた感触なのだ。
 高山はある記憶が蘇った。すっかり忘れていた白い道の記憶だ。
 山道は谷底を縫うように続いており、視界は悪かった。それが急に見晴らしのよい場所に出た。遠くの山々と白く続く細長い道があった。このコースとは違う道だったのか、このまま下ってゆけば、あの白い道を通るのか、よく分からないまま見ていた。
 結局その道へは出なかった。地図で調べても、そんな山道はなかった。
 と、いうような記憶だ。
 高山は面白いことを思い出したと思い、見晴らしのよい、その場所まで急いだ。
 そして展望が開け、その白い道を見つけた。股旅物のドラマのロケにでも使えそうな山道だった。
 高山は足元を見た。なんとか降りて行けそうだった。
 いつも決まったコースしか歩いてこなかった高山は、怒りのような感情を発奮させ、崖を下った。
 
   了
 




          2006年6月27日
 

 

 

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