小説 川崎サイト

 

こだわりの傘

川崎ゆきお



「傘がね」
「傘がどうかしましたか」
「傘のお化けが出たわけじゃない」
「懐かしいですなあ。傘のお化けとは」
「だから、出たわけじゃない」
「で、傘がどうかしましたか」
「私は外出はほとんど自転車なのだ。それで交通安全から考えると透明傘が好ましい」
「ビニール傘のことですね」
「そうそう」
「ふつうの傘より見通しがいいので、考えなくてもいいじゃないですか。透明傘で」
「ところが、ビニールはひっつくんだよ。それで骨が折れた」
「ビニールがひっつく?」
「ビニールどうしがくっつくんだ、ノリのように」
「それで骨が折れるのですか」
「ああ、折れるというより、曲がる」
「じゃ、ビニールではない透明の傘にすればいいじゃないですか」
「そんなの安くはないだろ。その辺で売ってる傘の中からの選択でないとね」
「高くつくのがいやなのですか」
「それもあるが、ビニール以外で透明な傘なんてあるのかね」
「探せばあるんじゃないですか」
「そこまで私にはこだわりはない。単なる傘じゃないか。それに長持ちしないので、高い傘は必要ではない」
「それで、骨が折れる頻度はどの程度なんですか」
「折れるんじゃなく曲がるんだがね」
「はい、で、頻度は」
「二回ほどかな」
「今までにですか?」
「そうだ」
「それなら、ほとんどそんな事故はないということですよ」
「そうなんだが、くっついた状態は何度もある。ただ骨が曲がらないだけのことだ」
「じゃ、不透明のビニール傘以外にすればいいじゃないですか」
「しかし、見晴らしも捨てがたい。それで命が助かるかもしれない」
「ああ、それは悩ましい選択ですねえ」
「君ならどうする」
「僕は折りたたみ傘ですから」
「折り畳めるビニール傘もある」
「ああ、それは見たことないですよ。僕もそれほど傘にこだわるわけじゃないですから、適当に買っているだけです。ほとんど傘を忘れた出先ですがね」
「君は徒歩かね」
「はい、あまり自転車で外に出ることはありません」
「でも、自転車に乗って傘を差すこともあるだろ」
「あります」
「どうだね。そのとき透明だと便利だとは思わんかね」
「そんなこと考えたことないです。言われてみれば、そうだとは思いますが」
「これだけは言える」
「何でしょう」
「こだわって買った傘は長持ちしない」
「じゃ、僕は大丈夫ですよ。こだわっていないから」
「だから、こだわらないことにこだわっておる」
「お気に入りの傘を失われたのですか」
「そうだ。ビニール傘で安く手に入れたものをね」
「それは残念でしたね」
「ああ」
 
   了

 


2011年5月22日

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