小説 川崎サイト

 

物の怪

川崎ゆきお



 古い旅館に泊まった二人が、夜中会話を始めた。
「物の怪って、知ってるかい」
「ああ、もののけねえ」
「物の怪って書くんだ」
「よしてくれよ。夜中に話すような話じゃないだろ。僕は恐がりなんだ」
「いや、こういう古い旅館で、しかも夜だからこそ話したくなるような内容なんだ」
「もっと明るい内容はないの」
「愉快な化け物の話もあるよ」
「化け物の話なんだから、愉快でも滑稽でも、根もとが不気味だから、楽しくないよ」
「古くなった道具とか、器物とかが化けるんだ」
「古いって、どれぐらい?」
「やっぱり興味があるんじゃないか」
「茶化そうとしてるだけだよ。古いって、どれぐらい?」
「お爺さんの柱時計程度かな」
「そうだね。いくら古いといっても、家の中にある物なんだから、無茶苦茶古いわけはないから」
「君はどの程度の古さを意識していた?」
「意識ねえ。そうだね。古代とか」
「それは古い。でも残っている物もあるよ。岩とか石とか」
「そういうのが化けるわけ」
「いや、主に屋内のものかな。たとえば古い水瓶とか人形とか」
「人形の話はよせよ。まだ水瓶ならいい」
「古く使わなくなったような水瓶が庭の隅に放置されていたりする。蔵の中でも、納戸の中でもいい。そういうのは化けている可能性が高い」
「この部屋のお膳なんかはどう」
「これは古くはない」
「じゃ、安心だ」
「お膳も古くなりすぎると化けるね」
「誰が、言い出したんだろう」
「古いというのは怖いということじゃないかな」
「古いことが怖いの?」
「化けるから」
「だから、それはお化けになってからでしょ」
「古いと化けるんだ」
「どうして」
「本来の機能とは違う機能が加わる。または、変わってしまう」
「それは何を当てはめているのかな」
「おそらく人間だろうね」
「人間? それじゃ物じゃないから、物の怪じゃないでしょ」
「いや、直接ある人物を名指しにできないから家具や道具に当てるんだ」
「擬人化かい」
「そうそう、人をだます奴は狐や狸のせいにする。直接その人を名指しで言わないでね」
「つまり、君の言うのは、人間関係の話かい。古い友達の様子がもう昔の感じじゃなく、別のものになってるような」
「そういう構造かもしれない」
「僕は物の怪になったお膳がいいなあ。四つ足でカタカタ歩き出すとか」
「四つ足なら人間じゃないね」
「いや、四つん這いの人間のように」
「それは退化だね。人間からすれば」
「でも、お膳から見ると進化だよ。動くんだから」
「動力は?」
「それを問っちゃあおしまいだよ」
「イメージだよね」
「そうそう」
 二人、ピタリと会話をやめた。
 誰かに見られているように感じたからだ。
「なに、この感じ?」
 ふすまの向こう側、押入の中、天井裏、そういうところから、何かがじっと聞き耳を立てて、二人を窺っているように感じられたからだ。
 そのとき、畳んでいた布団がバサリと跳ねた。
「池の鯉じゃあるまいし」
「そうだね。気のせいだね」
 二人は話をやめ、さっさと寝た。
 翌朝、別に何事もなかった。
 
   了

 


2011年5月25日

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