小説 川崎サイト

 

自慢話を聞く会

川崎ゆきお



「この人の場合、どうなんでしょうねえ」
 課員は課長にデーターを見せる。
「四十五歳で事業が行き詰まり、莫大な借金を抱える」
「そこまではいいじゃないですか」
「五十で作家デビュー」
「いいじゃないですか」
「作家デビューまでの五年間なんですがね」
「苦労されたんでしょうね」
「その間働いていないのですよ」
「じゃ、収入は」
「奥さんがパートで」
「少し問題かな」
「そうでしょ。五年間遊べたんですよ。来月の生活費がなくて来ている人が多いのです。それが五年でしょ」
「奥さんの支えねえ」
「家族や親戚などから援助もなく、または、そういう援助のない人が多いのです。それに五年も援助する人なんていませんよ」
「その間、小説の勉強をされてたわけだろ」
「ここも、問題なんです」
「成功したんだからいいじゃないか。努力して職を得たわけだ」
「よくわかりませんが、百人の人が努力して半数の人が目的の職に就けるような感じでないとだめなんじゃないですか」
「半数は多いよね。四分の一程度かな」
「でも、小説家を志し、百人の中の二十人ほどが食べていけるようになったというのも考えられない話でしょ」
「まあそうだけど、彼は努力したんだ」
「千人の人が同じように努力したとしても小説で食べていけるものでしょうか」
「君は何がいいたいんだ」
「この作家、例外ですよ。外しましょう」
「貴重な成功談じゃないか」
「一般的じゃないです。特殊な例ですよ。うちでは、普通の人がふつうの職業に就けるまでの支援です」
「しかし、職に就けたんだから、いい成功例として……」
「だめですよ、課長」
「どうして」
「その講演、聞いている人がしらけますよ。当てはまる人なんていないんですから。奥さんがいて、しかも五年間食べさせてもらって……」
「しかし、それで食べられるようになったんだから」
「誰にでもできないでしょ。それに千人の人が小説家になれますか」
「君がそういうのなら、外しなさい。ただ人気がある人だから、講演には人が集まるよ」
「それで、僕も悩んでいるのですよ。夢物語を聞きたい人もいるでしょうから」
「そうだろ。それに盛況に越したことはない」
「でも、来場者には何の参考にもなりません」
「じゃ、外したらいいじゃないか。人選は君に任せてあるんだから」
「でも、どうしてこの人名簿に入っているのです」
「人気があるから、私が入れたんだ」
「じゃ、呼びますか」
「そうしてくれ、きっと盛況間違いなし。我々の仕事も評価される」
「そうですねえ。うちの団体を守るためにも」
「そうだよ。何もしていない団体だと思われているんだ。何かしないと。目立つことを」
「はい、わかりました」
 
   了


2011年5月29日

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