小説 川崎サイト

 

白髪の小男の秘密

川崎ゆきお



 前方を白髪の小男が自転車で走っている。
 村岡の自転車は今にも追い抜きかけていた。見た覚えがある。後ろ姿だけでも、特定できた。
 村岡は喫茶店へ向かっている。白髪の小男は、そこでよく見かけた。時間帯も合っている。知り合いというわけではない。会釈する程度で、たまに話しかけらることはあるが、ラリーとなる会話ではない。
 冬の終わりがけに暖かい日があった。
「こんなものですかなあ」
「また寒くなりますよ」
 会話はそれだけだ。
 白髪の小男は村岡より多く生きている。だから、多くの季節を生きてきている。それだけに多くの経験をしているはずだ。「また寒くなりますよ」は年長者の方が言う台詞だろう。
 その後二人は顔を合わせても会話にはなっていない。話すようなこともないためだ。
 しかし村岡はこの老人を面倒だと思うことがあり、できれは時間帯を変えて喫茶店で休憩したかった。
 その老人の自転車と横に並ぶ寸前、ペダルを止めた。
 すーと距離が開いた。
 村岡はゆるりとペダルを踏む。前方の老人との距離がまた縮まる。
 村岡はほとんど歩いている程度のスピードで走る。
 すると距離がさらに開き、小さな老人がさらに小さくなっていった。
 これで、二人並んで喫茶店の前に自転車を止め、一緒に入る難は避けれた。
「難」村岡はその言葉を口にした。別に災難ではない。不幸でもない。悪いことが起こったわけではない。ただ、何となくいやなのだ。これはきっと「邪魔くさい」ということだろう。または「面倒くさい」だ。どちらにしても「くさい」行為なのだ。
 もう老人は視界から消えた。
 村岡はいつものスピードで喫茶店の手前まで来た。
 老人の姿があった。まだ自転車に乗っている。早すぎたのだ。
 すると、老人は喫茶店前の通りを左折した。路地のような狭い道で、すぐに行き止まりになる。その左右に飲み屋がある。
 ということは、老人は一杯そこで飲み、その後喫茶店に来ていたことになる。
「それでか……」
 村岡は謎が解けたような気がした。
 酔っているから、気さくな老人になっているのかもしれない。さらにいつも思っていたことだが顔色のいい年寄りだったことも。
 別に見てはならない白髪の小男の秘密ではない。
 
   了


2011年6月4日

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