小説 川崎サイト

 

キツネ面

川崎ゆきお




「今度はキツネですか。長靴を履いたニワトリはどうなりました」
「ニワトリ姉ちゃんのことかな」
「ニワトリ姉ちゃんの話はまだ聞いていません」
「エノケンの歌だよ」
「残念ながら記憶にありません」
「あんた若いからね。だが、私だって現役で聞いていたわけじゃない。浅草全盛時代はまだ生まれてなかったしね。その後何かで聞いたんだ。ニワトリ姉ちゃんの歌をね」
「今回は、そのニワトリ姉ちゃんのお話でしょうか」
「ニワトリ姉ちゃんの次に話したのは、ニワトリ長靴よう履かんの話だよ」
「はい、長靴を履いたニワトリの話はお聞きしました」
「だからあ、長靴を履いたニワトリじゃなく、ニワトリは長靴を履けないという話なんだ」
「しかし、長靴を履いていないニワトリは、普通でしょ」
「だからあ、長靴が履けないという事情を言ったまでのことなんだ。そのこと話しただろ」
「はい、聞きました。ニワトリのあの足では相当幅のある靴が必要かと。しかし、そもそもニワトリがなぜ長靴を履く必要があるのでしょう。また、ニワトリに長靴を履かすような事情があるのでしょうか」
「あんた、私が先日喋ったこと忘れているね。ちゃんとメモしておいてよ」
「あ、はい」
「ニワトリ長靴よう履かんは、無理なことだという意味だよ。たとえ話だよ」
「あ、思い出しました。では、今回のキツネは、どんな感じでしょう」
「そうだよ。今日はキツネだよ。しかし、何を話すのか忘れてしまったじゃないか。あんたが余計なこと言うから」
「あ、すいません」
「面だよ面」
「キツネのお面ですか」
「そうそう、頭巾をかぶり、キツネの面をした連中がうじゃうじゃいるんだ」
「それだけの話ですね。いつものように、イメージですね」
「キツネ面は怖いよ。それに頭巾だからね」
「どんな頭巾です」
「武蔵坊弁慶がかぶっているような、四角い頭巾だよ」
「それは何かの行事じゃないですか」
「と、思う。だがね、町内に出るんだよ。私の家の前だけどね。近所の人しか通らないような道だよ。そこにキツネ面の連中が行き交っているんだ」
「どんな用事なんでしょうね」
「私が聞きたいよ。忙しそうに行ったり来たり。まるで、私に見てもらいたいため、通り過ぎるような感じでね」
「それは、それだけの話なのですか」
「そうだ」
「昨日も出ましたか」
「最近減ってる」
「最後に見られたのは」
「三日前だ」
「キツネに関するものを、最近見られましたか」
「だから、さっきから言ってるでしょ。キツネ面の連中を見ていると」
「それが現れる前です」
「前。前ねえ」
「たとえば、お稲荷さんにお参りしたとか」
「縁日でキツネのお面を見たよ。まだ、こんなの売ってるのかって」
「それがインプットされたのでしょ。問題はありません。キツネ面の連中は、そのうち冷めて消えますよ」
「冷めるって」
「冷えるというか、薄まって、出なくなりますよ」
「安心した」
「はい、お大事に」
 
   了   
 


2011年7月14日

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