小説 川崎サイト

 

元気

川崎ゆきお



 加藤が下村の下宿を訪ねる。
 金がなく、暇なので友人と時間をつぶすだけの目的だ。下村も似たようなレベルで、加藤を受け入れるのも、目的としては同じだ。
「相変わらず元気なさそうだな」
「君は元気かい」
「ああ、自転車でここまで来れるのだから、それぐらいの元気さ加減だ。さすがにはマラソンのようには走れないがね。本当に元気なときは散歩がてらら歩いてくるよ」
「なるほど、ほどほどの元気さなんだ」
「君は元気じゃないような態度を取っているが、本当は元気なんだろ」
「どっちの元気だ」
「君のだよ」
「いや、そうじゃなく、身体が元気なのか、精神的に元気なのかだ」
「元気って、気分のことだろ。だから、身体のことじゃないと思うけど」
「そうなんだ。じゃ、どっちも元気ないなあ」
「いや、だから、それは嘘じゃないかと思うんだ。君は元気のない演技をしているだけだ。だから、そんな演技が出来るほど元気だってことなんだ」
「その元気がどうしたの」
「元気でないと、事はうまくいかない。運も開けない。元気こそ大事なんだ」
「空元気でもかい」
「そうだよ。元気な態度を見せていると、本当に元気になるものさ」
「でも、それって身体に負担がかかるんじゃないの」
「気の問題さ。身体も元気になるんだ。気にだまされてね」
「それで、君は元気なんだ」
「そうだよ。僕が君の下宿へ訪ねる回数のほうが多い。元気だからだ」
「そうだね」
「だから、君も元気な態度で臨むことを進める」
「元気って、疲れるので、性に合わないんだ」
「そんなことでは人生は開けないよ。この貧乏をどうやって乗り越えるかは、元気さにかかっているんだ」
「でも、君は相変わらず貧乏じゃないか。元気に挑んでいるのに」
「まあな。いや、認めたわけじゃないが、努力している。それに比べ、君は何もしないで、ここにいる」
「この時勢、いい仕事など見つからないでしょ。探しても。だから、来るのを待っているんだ」
「その態度がいけないんだ。やはり外に向かっての行動が必要なんだ。犬も歩けば棒にあたる」
「痛いじゃないか」
「何で」
「犬の頭が」
「その棒とは、当たり棒のことで、当たりくじを引いたことになる。物理的に犬がボウにぶつかったんじゃない」
「じゃ、君は棒に当たるため、うろうろしているんだ」
「この町内をうろうろしていても、駄目だよ。そういう意味じゃないのだよ。就職活動をやっていると言うことだ」
「実際にはまだ当たっていないんだろ。その証拠に、ここに来ている」
「ここは休憩の場だ」
「頑張ってるね」
「元気で頑張る。これしかない」
「でも、がつがつしている態度が、逆効果にならないかなあ」
「何ががつがつだ。普通じゃないか」
「ああ、そうだった」
「で、君は就職活動しているのかね」
「最近、サボってるなあ」
「駄目じゃないか。あきらめちゃ」
「元気で頑張り、あきらめない。ということだね。今日の説教は」
「あきらめないためのコツを教えてやろう」
「ああ、聞きたいなあ」
「粘ることだ」
「じゃ、あきらめないで粘って、元気で頑張るって事だね」
「そうだ」
「普通だ」
「何が」
「普通、そうするでしょ」
「この普通が難しいんだ」
「でも、みんながそれをやっている場合、条件は同じになるね。だからそれはディフォルトってことで、勝負はどこで付くの」
「元気度。頑張り度。粘り度。あきらめない度の違いだ」
「あきらめないにも、度が付くの」
「余計なことを」
「そういう方法でない方法を編み出してくれよ。もっと楽な」
「それがあれば、僕がとっくにやってるさ」
「なるほど」
 
   了


2011年10月9日

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