小説 川崎サイト

 

幽霊の記憶

川崎ゆきお



 吉田は夢の中で幽霊を見た。
 魘されていたようだ。
 夢の中で声を出していた。その声がまだ耳に残っている。自分の声だ。
 そこで上げた声を再現してみた。
 同じ声だった。
 と、言うことは、魘されて声を出しのは、夢の中での声ではなく、本当に出した声なのだ。
 寝言と言うことだが、おとなしい声ではない。叫び声とまではいかないが、幽霊の正体について強い目の声で言っていた。
 起きたとき、その台詞は覚えていたが、数時間経過し、思い出そうとしても、出てこない。
 残っているのは見た幽霊だ。
 だが、それも、どれが幽霊だったのかは今となっては分からない。忘れた台詞と同じで、何が幽霊だったのか、記憶にない。
 ただ、幽霊を見たという記憶だけがある。
 私鉄沿線沿いの神社だったように思う。小さな神社なので、よく覚えていない。しかし一度来た記憶はある。線路沿いから一歩中に入ったところにある神社で、横合いから入っている。鳥居などがある正面ではなく、横合いなのだ。
 その神社は、幽霊が出る神社として知っているのか、ああ、やはりここに来てしまったと感じた。だから、出るものが出るだろうと夢の続きを見ていた。つまり、吉田は夢の中で、それが夢だろうと分かっているのだ。
 しかし、目が覚めると、リアルでそんな神社など知らない。だから、夢の中で知っている幽霊の出る神社なのだ。
 神社の横合いから入ると、寄付の石柱が垣根のように並び、一本の木がある。大木ではない。銀杏だろうか。ぽつりとそれが立っている。
 吉田は何人かで、この神社に来ている。
 吉田が木に向かっている。そして、その木の前にある人物がいる。吉田はその人物と話している。横に吉田の仲間がいる。
 吉田は木の下の人物と会話しているのだが、内容は忘れている。その人物、古びたコートを着、よく動く人で、吉田たちに何かを説明しているようだ。
 ところが、吉田の仲間はそれは見えないらしい。そして、幽霊が出ているでしょ。幽霊が。と吉田に聞く。
 吉田は目の前にいるコートの男がその幽霊だとは思っていない。だから、懸命に幽霊を探しているのだ。
 コートの男も、一緒になって幽霊を探している。
 そのコートの男が幽霊なのに。
 と、いった夢だ。
 そして、譫言の台詞が何だったのかが分からないが、コートの男が幽霊だと気付いたときに発したらしい。
 少し長い台詞だったように思う。起きたときは覚えており、その台詞をそのまま声にしたのだから。
「何々が何々で何々のようだ」この程度の長さだったように思う。
 数時間で、忘れてしまった台詞。
 賞味期限が短すぎる記憶だ。
 
   了


2011年12月4日

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