小説 川崎サイト

 

大聖人様

川崎ゆきお



「聖人、最高の頭脳、大賢人。それ以上、なんと申していいのか分かりません」
「そうですねえ。誰もがそう呼んでいる」
「人として、それ以上の呼び名はないでしょう」
「それは皆が認めるところ」
「しかし」
 医師は困ったような顔をする。これは執事に対し、あえて見せている作り顔でもある。
「何か問題でも」執事は、医師が何を言いたいのか、うすうす気付いている。
「御病態が芳しくなく、つい……」
「つい? 何だ」
「大聖人様は……」
「だから、何だ」
「どこまでが大聖人様なのでしょう」
「はて、妙なことを」
「去年までは確かに大聖人様でした。しかし、大寒を過ぎてから、もやは大聖人様とは呼べないような……」
「大聖人様の地位、脅かす人はもういません」
「ここだけの話ですが、いずれは分かってしまうと思います」
「大聖人様の様態か」
「はい、かなり進んで」
「うむ」
 やはり、執事も感じていることのようだ。
「離宮に人を寄せ付けないほうがいいかと」
「そこまで来たか」
「もはや大聖人様ではありません」
「これ、過ぎるぞ」
「このままお籠もりになられたほうがよろしいかと」
「うむ」
「講話も取りやめたほうがよろしいかと」
「それほどお悪いか」
「もはや限界です」
「何とする」
「老衰と言うことに」
「漏水?」
「いえ、老いて御身体が御不自由になったということで」
「しかし、三食ともしっかり食べておられるし。お庭での散歩もされておるではないか」
「ばれます」
「これ、言葉を……」
「大聖人様ではなくなります」
「やはり、来ておるのか」
「はい」
「仕方あるまい」
「どこまでが聖人様なのか、私には分かりません」
「ん? 何がだ」
「あれほど悟った人でも、来るときは来るのでしょうねえ」
「大聖人様は、大聖人様だ」
「重ねなくても、そうなのですが、重ねきれぬところが怖いのです。私は心霊には疎いのですが、そのまま浄土へ渡られたとしても、どの大聖人様が行かれるのか……」
「言葉を慎め」
「はい」
「誰にも合わせぬよう計らう」
「よろしくお願いします」
「うむ」
 
   了


2011年12月10日

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