小説 川崎サイト

 

監視カメラ

川崎ゆきお



 吉田はモニターを見ている。夜景が映っている。玄関前にセットされた防犯カメラで、かなり解像力が高い。マイクも仕込まれており、音も拾う。二十四時間稼働するタイプではない。データ量が巨大になるため、保存しきれない。そのため、吉田が見ているときだけ撮すようにしている。データは、そのとき保存するが、すぐに消す。
 玄関先の防犯ビデオのようなものだが、撮しているのは通りだ。家の前の道で、吉田の家はその道の行き止まりにあるため、真正面から通りを撮せる。そして、その通りに入って来つつあるある人や車を見ることが出来る。
 車両は行き止まりとなるため、滅多に入ってこない。Uターンできるほど広くはないため、バックで枝道まで戻らないといけない。
 だから、監視カメラで写っているのは近所の人だけだ。
 高倍率のズームを遠隔操作出来るので、かなり遠くだが、横切っている大通りの状態も見える。主に見ているのは、その大通りだ。そちらのほうが変化がある。
 この趣味を始めたのは、台風が来たときだ。ニュースで、道行く人を撮していた。暴風雨の中、傘を差しながら通り過ぎる人を撮していた。その絵が非常に綺麗だと感じたからだ。そして、自分もそんな映像を毎日見たいと思ったのだ。
 そして、今夜も吉田は、その映像を見ている。
 いわば定点観測のようなものなので、同じ人が同じ時間に大通りを通過する姿もある。路地から大通りを覗いているような感じだが、通過するのは一瞬だ。また、大通りの向こう側の歩道で、信号待ちをしている人も確認できる。
 台風の日でなくても、行き交う人を見るのは楽しい。
 こういうことをしていると、いつも通る人が数日間通らなくなり、また、ある日姿を見せたりと、それなりに変化がある。決して大きなドラマではないが、きっと病気で休んでいたのではないかと、想像するのが楽しい。だが、自分と関わる話ではないので、どんなドラマがあったのかは、想像の域を出ない。
 ある日、遠くの大通りを見ていると、横断するのではなく、吉田のいる枝道へ曲がってくる人物がいた。どうもおかしいと思ったのは、顔がこちらを向いているのだ。正面を見ながら歩けば、そんな感じになるのだが、他は見ないで、正面だけを見ているのだ。
 吉田は倍率を上げると、表情まで分かるほど拡大された。そして目が合った。
 あったままどんどん近づいてくるのだ。明らかにレンズを見ているとしか思えない。
 吉田はぐっと広角にした。手前に誰かがおり、その人に向かっているのかと思ったからだ。しかし、誰も外に出ていない。
 レンズを見ている。これは、吉田を見ているのだ。
 その男、吉田は知らない人間ではない。見覚えがある。たまに大通りを横断する男だ。顔で判断できない。いつも横顔しか見えないためだ。しかし、着ているオレンジ色のロングコートに記憶がある。
 男はどんどん近づいてくる。もう望遠にする必要はない。
 吉田は怖くなり、撮影を中止した。あとで参考になると思い、保存した。三十分ほどなので、大した長さではない。
 そして、モニターも消し、息を凝らしてじっとしていた。
 すると、ピンポンが鳴った。続いて、ドアを叩く音。さらに「お留守ですか」と声まで聞こえる。
 吉田はドアの前まで来た。
「どなたでしょうか」
「機材なんですがねえ」
「はいっ?」
「あのカメラについてなんですが」
 近所の人に聞かれると思い、吉田はドアを開けた。
「ああ、すみません。いつも気になっていたんですよ。あれ、高倍率の監視カメラでしょ」
「どうして分かりました」
「レンズが反射して、分かりましたよ」
「ああ」
「僕もやりたいと思っているのですがね、どこで売ってます? ホームセンターじゃないでしょ」
「いや、あれは高倍率なビデオカメラを使っています」
「ああ、そうなんだ」
 吉田は彼を部屋に入れ、ビデオカメラをライブカメラにし、リモコンで操作する手順や、テレビに画像を引っ張り込むための配線図などを見せた」
「ああ、なるほど。もっと簡単な方法はないですかねえ」
「じゃ、僕が作って差し上げます」
「本当ですか。それは助かる。僕もやりたくねえ。屋上から街をグーと回転させながら、映す映像、テレビでやってるでしょ。お天気カメラのような。あれで下界を撮したいのです。ポイントはいろいろあるんです。いつもは天体望遠鏡で覗いているのですがね。やはり動画じゃないとねえ」
 二人は、明け方まで語り明かした。
 
   了


2012年1月4日

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