小説 川崎サイト

 

四十にして迷う

川崎ゆきお



 四十を過ぎている。奥山は学校を出たあと、ずっと同じ会社で働いている。そしてうだつの上がらない自分を認識できる年になった。学校の成績は下から数えたほうが早い。その状態は社会に出ても同じだ。学業は悪くても、働き出すと別人のように評価される人もいる。学校の成績と実社会とでは違うパターンだ。
 奥山はそういうことはなく、非常にわかりやすい。
 特に秀でたところがない。特技もない。絵に描いたような凡才だが、学校の成績と同じで、下から数えたほうが早い凡才なのだ。凡才ランクでも下位だ。
「四十にして迷うだよ」同年配の竹田課長に話す。
「迷ってるようには見えないけど」
「大したことなかったかなと、思うんだ」
「そうなの」
「ああ、自分の実力を知った。もっと出来ると思ったんだけど、この感じだと、このままだな。三十までに頭角を現し、四十までで固める。それがまだ二十歳代のままなんだ。同期はもう係長や課長になってる。僕は平のままだ」
 聞き手の竹田は課長だ。恰幅もよく、人徳もありそうな頼もしい男だ。人の世話もよくみる。覇気がある。だから、同期で一番出世したのはこの竹田なのだ。
 奥山も竹田には話しやすいので、愚痴れるのだ。
「そうじゃない奥山。僕は君が羨ましい。まあ、そういう人にはなれないがね。僕は頼られるタイプだ。これはきついよ。愚痴じゃないけど。まあ、それが誇りでもあるんだけど」
「自慢?」
「まあ、そうだけで、君の悪口を聞いたことはない。君が嫌いだという人も少ないだろ」
「それは相手にされてないからさ」
「だけど、君は可愛がられてる」
「ええっ」
「君が参加すると、場が和むのだよ。奥山がいると安全安心だとね。奥山がいるんだから、大丈夫なんだとね。僕にはない特性だよ。キャラだよ。君の。だから、羨ましい」
「でも、四十になってもぱっとしないじゃないか」
「またそんなつぶらな瞳でかわいいことを……」
「冗談を」
「冗談じゃないさ。君のような感じもアリなんだ」
「僕は蟻か」
「まあ、そう言うな、君の上司は僕だ。だから、ずっと守られてるんだよ」
「係長がいるよ」
「あれは、君より年下だけど、どうってことはない。君より仕事が出来るからなっただけだ。君の後輩じゃないか。だから、遠慮がある。だから大丈夫。君が一番安定してるんだ。君が勝ち取った得がたいポジションだよ」
「上手いなあ、人をおだてるのが」
「ははは、これは正直な話だ。君に話しても、何の害もないからね。君は人の悪口や陰口は言わない。だから話しても安全なんだ」
「何か、誤魔化されたような感じだなあ」
「まあ、君は定年までゆったり過ごせばいいんだ。いいポジションだよ」
「そうだなあ。これがあってるのかもしれん」
「ほら、素直じゃないか。人の話をちゃんと聞く」
「それって、自分の意見がないってことだよね。いや、実際ないけど」
「それでいいんだよ」
 奥山はそれで納得してしまった。本当に素直なのだ。
 ビジネス書の中では語られることは少ないタイプなのは、起伏がなく、ドラマチックでもなく、アクティブでもないので、ネタにならないためだろう。
 
   了

 


2012年1月6日

小説 川崎サイト