小説 川崎サイト

 

薬鞄

川崎ゆきお



 医院から出た高島は、その近くにある薬局で、薬待ちをしていた。
「その鞄いいですなあ」
 高橋よりも先に座ってっている近藤に言う。顔見知りで、名前程度は知っている。自己紹介を受けたわけではないが、受付から近藤さんと呼ばれて、その近藤さんが立ち上がるので、この人が近藤さんであることは分かっている。同じく、高橋も、高橋さんと呼ばれて、薬を受け取りに行くので、近藤も名前ぐらいは知っている。さらに薬剤師との話も聞こえるので、どこが悪いかも知っている。
「百均で買った偽皮です」近藤が答える。他にも待っている人がおり、二人の会話は筒抜けだ。だから、挨拶程度のやり取り会話だ。聞かれていることを知った上での会話なので、どうしてもよそ行きになる。
「薬入れにはちょうどですなあ」高橋が返す。
「この中に、保険証も入れております。このポケット見てください。表からアクセスできるだけで三箇所。内部に至っては五箇所の仕切りです」
「おお、それはすごい」
「ところがです。どこに入れたものか、忘れてしまいましてな。合計八箇所。八部屋を探さないといけないのです。忘れていましたが、メインポケットを入れると九箇所です」
 他の薬待ち客がにやっと笑っている。受けたようだ。
「それで、百円ですか」
「正確には百五円です。消費税は含みません」
「ああ、なるほど」
「百円ショップへ百円だけ持って行っても何も買えません」
 今度は百均の話題になる。
「しかし、百円だけ握って百均へ行く機会は希でしょ」と高橋。
「そうです。希です。僕はこの鞄に小銭も入れています。大きな財布だと見なして差し支えはないのです。ところが、入れた小銭がどこにあるのか分からない。こういうときは、上から指でつまむのです。すると、小銭のあり場所が分かる。ただし、それが表側にあるのか、内部ポケット側にあるのかまでは把握できません。視認性が悪いと言えばそれまでですが、透明の鞄では、別の弊害が起こります。それは、鞄の中身を見られてしまうからです」
「透明でも、見えていても、どこから手を突っ込めばいいのか、わかりにくそうですねえ」
「そうなんです。それで、百均では小銭を出そうと鞄にアクセスするのですが、なかなか掴めない。それで、レジが混んだりします。後ろを見ると、三人、四人と並んでおった場合、かなり焦ります。もう小銭は諦めて、おつりをもらったほうが早いのですよ」
「近藤さーん」と、受付が呼んだので、近藤は「じゃ、また」と言って立ち上がった。
 高橋は鞄を自慢できる近藤を羨ましく思った。自分の持っている鞄はブランドものだ。これについて語るとことはあるが、それは自慢になる。ところが百円の、正確には百五円の鞄の場合、嫌みにならない。
 高橋は、その手もあるのだなと、勉強した気分になり、百均の鞄を見に行く決心をした。
 これで、用事が出来たわけだ。
 
   了

 


2012年1月13日

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