小説 川崎サイト

 

ゴーストタウン

川崎ゆきお



 風邪で熱っぽい。高島は百貨店前で待ち合わせしている。もうすぐ竹田と保科が現れるだろう。会社の同僚だ。保科が残業のため、集合時間を遅らせた。
 会社を出てから、待ち合わせ時間までに間があった。さすがに腹が空いたので、立ち食いそばを食べた。これがいけなかった。胸焼けするような天ぷらそばだ。元気なときは何ともないが、エビ天ではなく、天かすの塊のような天ぷらだった。
 熱っぽいときに、それを食べたためか、どっと汗が出た。そのときは、元気が回復したように錯覚したが、しばらくすると、血圧がグーと上がり、息苦しくなってきた。身体の動きがテンポ良くなる。血流が良すぎるのか、ガソリンを過剰に送っている感じだ。じっとしているより、動いているほうが楽だ。
 喫茶店に入り、コーヒーで胸焼けを沈めようとした。ゆったり座り、呼吸を整え、標準スピードに戻そうとした。身体が高速タイプになっているのだ。
 汗が引くと、一瞬熱は下がったが、今度は喉がえがらい。完全に風邪だ。
 眠気がきた。さっきまでの高速運転とは逆になり、身体が鉛のように重い。もうそこから立ち上がりたくない。じっとそこで座っていたい。
 うたた寝をした記憶はないが、時間が思っていたほど早く過ぎていた。
 そして今、百貨店前で彼らを待っている。五分ほど経過している。もう竹田や保科と飲みに行く気にはなれない。あと五分待ち、来なければ帰ろうと思った。暖かい自分の部屋で、ぐっすり眠れば、回復するはずだ。このまま飲みに行くと、明日出勤できるかどうかが不安だ。
「おかしい」と感じたのは、今までどうして気付かなかったのかで、百貨店前の様子もおかしいが、見えているのが見えていなかったことだ。
 誰もいないのである。人が。
 ケータイを見ると、まだ九時だ。人がいないわけではない。こんな風景は絶対にあり得ない。
 人がいるのに、それが見えていないのではなく、人がいないことが見えていないことが見えていなかったのだ。そんなもの、いるに決まっているのだ。都会のターミナル付近だ。人がいて当たり前なのだ。
 人の気配がない。
 こんなところで、待ち合わせていても、彼らが来るわけがない。
「ああ、そうか」
 高島はすぐに気付いた。
 自分は喫茶店でやはりうたた寝をしているのだ。これは、夢なのだ。
 そして、高島は喫茶店へ向かった。
 だが、この向かっている高島は誰なのだろう。
 夢の中での高島で、本体の高島は喫茶店にいる。そこで寝ているのだ。そして、夢が覚めれば、高島は喫茶店にいることになる。
 だったら、喫茶店まで戻る必要はない。
 それよりも、夢から覚めることが大事だ。それで、このゴーストタウンから脱出できる。
 夢の中で目覚めるにはどうすればいいのか。それが問題だ。
 
   了


2012年1月14日

小説 川崎サイト