小説 川崎サイト

 

ココア

川崎ゆきお



 風邪を引いたのか、田村は眠い。眠いのは風邪のせいではなく、風邪薬を飲んだからだ。
「高いほうにしておけばよかった」
 高いタイプはこれほど眠気は来ない。沈静する程度だ。熱っぽいときは苛立つ。頭の中にとげが立つ感じだ。そのとげがマイルドになる。しかし、眠くはならない。気分が落ち着く程度だ。しかし、すぐに鼻水が止まるわけではない。悪寒もそこそこある。そのため、寒けが残っている。体が冷えている。
 田村はホームゴタツの中に入り込み、テレビを見ている。しかし、眠気で集中して見てられない。これは本当に眠いのではなく、薬のせいだ。時間的にもまだ寝る時間ではない。
 田村は体を温めようと、ココアを作ることにした。一から作るのではなく、パックに入ったココアをレンジで温めるだけだ。当然マグカップに移して。
 台所で冷蔵庫を開けようとしたとき、マグカップを持って来るのを忘れたことに気付く。ホームゴタツに置いて来たのだ。昨夜飲んだままのためだ。マグカップは食器棚にいくつかある。しかし、それでは二つ汚すことになる。洗うのが大変だ。寒いとき、流し台に立ちたくない。一つ洗うのも二つも同じようなものだが、すぐには洗わない。流し台に放置している。その置き場所が確保が困難になっているためだ。
 それで、ホームゴタツまでマグカップを取りに戻った。部屋一つまたぐ程度のわずかな距離だが、それでも寒い。暖房はホームゴタツだけのため、そこから出ると温度差が高い。この温度差で風邪を引くこともある。出来れば、一定の温度の中で、じっとしているのが好ましい。だが田村は寝付くほどの風邪ではない。そこまできつくはないのだ。
 ホームゴタツのある居間に入ったとき、中を泳いだ。風邪の諸症状ではない。何をしにここにいるのかが分からなくなったからだ。数秒でそれは回復した。しかし未だ半ばだ。何かを探しに台所からここへ来たことは思い出せた。しかし、何を探しているのかまでは思い出せない。
 田村はよくあることなので、もうしばらく立てば、気付くと思ったのだが、いっこうに戻らない。いつもなら、数秒で思い出す。そして、思い出せなかったことは一度もない。
 それが、思い出せないのだ。
 そこで、ドラマ的連想法で思い出すことした。ドラマは大げさなのでエピソードでもいい。台所へ行った理由を考えればいいのだ。腹が空いたわけではない。
「温かいコーヒー牛乳を飲もうとしていた。体を温めるため」と、思い出せた。すぐにコーヒー牛乳ではなく、ココアだと、訂正を入れた。それは、いつもはコーヒー牛乳の買い置きが冷蔵庫にあるからだ。昨日に限って久しぶりにココアにしたのだ。温かくて甘い物ということでは似ている。正確ではないが、大きな違いはない。
 それで底に少し黒いものが残っているマグカップをつかみ、台所へ行った。昨夜飲んだだけなので、今ならすぐに洗い落とせる。しかし、冷たい水に手を入れるのは嫌だ。
 田村は水道を目一杯開け、鉄砲水をマグカップの底に放水した。強すぎたのか跳ね返り、顔や胸が濡れた。しかし、マグカップはまずまず洗えた。
 そして、冷蔵庫を開けると、ない。
 あるはずの500ミリリットルココアの紙パックがないのだ。当然探したが、ない。扉側に置いていた。それ以外のところへは置かない。横に転がせないからだ。
「飲んだのか」
 既に飲んでしまっていたのだ。
 吉田は冷蔵庫の前で膝をがくっと落としたい思いになるが、そんな臭い演技をしても誰も見てくれない。しかし、それをすることで、ショックが緩和されるのなら、やってみようかと思った。
 
   了


2012年1月28日

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