小説 川崎サイト

 

明日へ繋げる

川崎ゆきお



「明日に繋がる失敗ならいい」と監督が慰めてくれたのだが、吉田には先がない。
 明日がないのだ。だから、繋げようがない。となると、その明日とは、選手を辞めてからの明日だろうか。
 おそらくそれはない。辞めた後、監督になれるわけではないし、スタッフにも入れてもらえないだろう。
 次の試合で、先発から外された。
 やはり、あの失敗が原因だ。明日に繋げようとしても、その明日を与えてくれなかったわけだ。
 吉田はそろそろ本気に引退を考えたほうがいいと思うようになった。
 その矢先、監督から呼び出され、二軍落ちを言い渡された。
 これは、もう明日がないと言い渡されたと同じだ。二軍へ行けというのは、引退せよとの宣言に近い。直接「引退せよ」と言えないので、暗に勧めているのだ。
 それで、二軍へ行った選手はない。一軍へ上がり、すぐに二軍へ落とされ、また一軍へ戻る選手もいるが、希だ。それは若くて有望な選手に限られる。
 やはり監督の真意は、もう引退し、別の職業に就き、選手時代の失敗は、経験として財産とすべし……なのだ。
 ここでの明日ではなく、別の場所での明日なのだ。
 若い選手が一軍に上がり、ずっとベンチにいる。補欠だ。監督は彼をレギュラーにしたいのだろう。それには吉田が邪魔だ。
 吉田は二軍で選手を続けることも出来る。しかし、もう十歳以上違う若手と一緒にやるだけの元気はない。
 吉田は、次の日、引退を監督に伝えた。
「あ、そう」
 その一言だけで、引き留めはしなかった。
 よく考えれば、吉田も若いころ、二軍から一軍へ行き、あっという間にレギュラーを取った。そのとき、追い落とした先輩がいた。彼は、今の吉田と同じように引退した。
 今度は自分の番になっただけなのだ。
 そう考えると、何となく気が落ち着いた。
 
   了

 


2012年1月30日

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