小説 川崎サイト

 

暇な占い師

川崎ゆきお


 その職業は老婆のようなイメージがある。そう思うのは田中だけの貧弱な知識のためだろう。それ以上深く考えないのは、占いを必要としないため、興味がないのだ。
 占いの婆さんが出てくる話をテレビか漫画かは忘れたが、田中が見た最初の占い師だった。先入観は最初の出合いで決まることが多い。
 ある夜、田中は浮かぬ顔で場末を歩いていた。繁華街の外れだが、宅地と繋がっているため、行き交う人は結構いる。
「もしもし」
 田中はケータイを取ったのではない。話しかけられたのだ。街中では滅多にないことで、特に見知らぬ人からの声かけはあり得ないほど少ない。
 声の主は行灯の明かりで、下側から浮かび上がっていた。行灯がテーブルにあり、顔はその上なので、幽霊に当てるような照明になっていた。これは演出なのか、または他に置く場所がないのか、そのあたりは分からない。行灯は懐中電灯のようなもので、電池式ランタンだ。一晩で切れるのではないかと思われる。
 その浮かび上がった顔の主が、実は占い師なのだ。浮かぬ顔の田中はその手前から見えていたはずなのに、占いに興味がないため視界に入っていても、見ていなかった。それに考え事中だったことも手伝っている。
「あのう、もしもし、何かお手伝い、しましょうか」
 老婆ではない占い師を田中は初めて見た。
「客が来ないので、無料でいいです。ずっとここで黙ったままじゃ、気が滅入りますから。何か話してから、ここ、片付けます」
「何占いですか」
「何でも」
「あ、そう」
「河合派の心理カウンセラーの資格も持っています。別に占わなくてもいいのです」
「心理学と占いとでは真逆でしょ」
「心理学だけの人もいなければ、占いだけの人もいませんよ。私はどちらも信じています」
「あ、そう」
「で、何か、迷い事、悩み事、気がかりはありませんか」
 当たっていると田中は思った。偶然、今、その最中だったからだ。常にそうではない。
「悩み事や心配事は、誰でもありますよね。だから、これは万人に当たるのですよ。それに、考え事のない人は馬鹿でしょ。そう思われないように、悩み事を抱えているほうがお洒落なんです」
「ああ、そうなんだ」
「私は人相も見ます。それは人生規模の話で、今、このときの人相なんて、見られるものじゃありません。ですが、何となく熱が伝わってくるのです。これは形状ではなく、雰囲気です」
「ああ、確かに迷っている最中です」
「まずは、それを解放することです。我慢しているのでしょ。それがストレスになり、毒になるのです。邪魔でしょ。その欲望の塊が体の中にあって、頑として居着いている。それを吐き出すことで、すっきりします」
「あのう。ここで、話すのですか」
「話すことではすっきりしないと思いますよ。例えば、お金がない。これが苦しい。辛い。ストレスだ。そんな人は、お金を得れば一発で治ります。現金なものです。話なんて、大した役には立ちません。だから、あなたねえ、語る必要ないのですよ」
「ああ、そうなんだ。欲望ですか。なるほど」
「ほら、誰だって欲はある。欲がないことが欲って、話もあるほどですよ。全て欲、欲、欲」
「じゃ、その欲を果たせば、すっきりしますか」
「します」
「実は、買いたいものがあるんです」
「我慢しないで、買いましょう」
「非常に高い一眼レフカメラなんです」
「買えばいい。買いましょう」
「ノートパソコンと、スマートフォンも欲しい。あるんですが、新型がね。でも、一眼レフを買うと、ノートパソコンが買えない」
「買いましょう」
「そんな無茶な。貯金はないし、小遣いも少ないしで、全部買えませんよ」
「クレジットカードで買いましょう」
「ここで使ってしまうと、いざというときのキャッシングがなくなって、不安ですよ。そこまでして買うべき物じゃない」
「じゃ、欲しくないの?」
「欲しい」
「それが、ストレートな流れなんですよ。その流れを止めるから、ストレスになるんです。気に病むというものです」
「エアコンが故障してして、古くて節電タイプじゃないから、電気代が馬鹿にならないんです。これも買いたい」
「買いましょう」
「それに十年も履いたスニーカーがあるんです。本革です。これ、縫い目が危なくて、雨の日、浸水するんです。十年も履いたのだから、そろそろ新しいのを買っても罪じゃない」
「はい、買いましょう」
「掃除機が面倒で使っていないんですよ。コードレスなら、使うと思う。あの線が嫌なんですよ。もっとコンパクトなやつでね。軽くて、それで、吸引力弱くてもいいから、常に使うほうが部屋は綺麗になる」
「買いましょう」
「だから、買えないでしょ。一気に」
「買えばすっきりします」
「しないしない。絶対にしない。一つ買えば、また別のが欲しくなる。そういうものでしょ」
「じゃ、もう片付けますから」
「あ、そうなの」
「買いなさいね」
「あ、はいはい」
 占い師はテーブルを畳み、布に巻き付け、鞄にランタンを入れた。
「じゃ、御達者で」
 占い師は、駅に向かっていく。
 田中はちょっとからかいすぎたようだと、後悔した。
 しかし、占い師にすれば、雑談できただけで、用は足せたのだ。
 
   了


2012年2月10日

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