小説 川崎サイト

 

本内の出来事

川崎ゆきお


「読んでいた漫画のキャラが動くんです」
「アニメじゃないですか? 絵の一部に動画が仕掛けられてあるとか」
「いえ、紙の漫画です。漫画の単行本です。少し古い本ですが」
「どの程度、動きます。」
「ぴくっぴくっと、手足や目玉なんかが」
「その程度なら、いいでしょ」
「いいんですか」
 一週間後。
「漫画のキャラが動きます」
「まだ、動きますか」
「はい、今度は少し動きが妙なんです」
「どのように」
「前回は、動いても、ほぼその位置にキャラはいました。今回は全体が動き出して、移動してるんです」
「どんなキャラで、どんな場所ですか」
「少年です。場所は教室です」
「少年は全身ですか」
「コマによっては全身もあるし、アップもあります。前回は、その一部が、ピコピコ動いていただけなんですが、今回は机から離れて、別の場所へ移動しているんです」
「なるほど」
「大丈夫でしょうか」
「変化があるのは漫画本の中だけで、それ以外のものはどうです? 動きますか」
「動くものは動きますが、動かないものは動きません」
「つまり、時計の秒針は動くが、鉛筆やコップは動かない」
「はい、そうです」
「他の漫画本は動きますか」
「動きません。その古い本だけです。いつ買ったのか忘れました。買ったかどうかさえ忘れました。買ったとすれば古書店で買ったのかもしれません。古い漫画本で、僕が生まれる前に発売された本ですから、普通の本屋で買ったとは思えません。だから、古書店か、または誰かからもらったかです。お父さんの漫画かもしれないと思い、聞いてみましたが、知らない本だと言いました」
「はい、詳しい話、ありがとうです
「大丈夫でしょうか」
「問題は、その本だけで起こる現象なのが、気になりますが。まあ、いいでしょう」
「い、いいんですか」
 数日後。
「キャラの少年が別のページへ飛んでいます」
「はい、落ち着いて」
「別のコマに行っているのです。だから、漫画の話がおかしくなっています」
「その少年は誰なのですか」
「西田君です」
「誰です。西田君?」
「キャラの名前ですよ」
「ああ、そうですか」
「これって、メチャクチャでしょ」
「そんなことがあったとしても、受け入れるのです」
「受け入れる?」
「パニックになってはいけません。そういうことも起こるのです」
「起こらないでしょ。普通。あり得ませんよ。驚いて当然でしょ。漫画の中のキャラが勝手にコマから別のコマへ行ったり、別のページに移動していたりで、無茶苦茶じゃないですか。落ち着いて読めません」
「このきに及んでまだ読もうとするのですか」
「だって、まだ、最後まで読んでません」
「漫画を読んでいる場合じゃないでしょ」
「それは分かっているのですが、西田君が級長に立候補し、その後どうなるのか、知りたいと思って」
「まあ、いいでしょう。冷静なので」
「いいんですか」
 そして、一週間後。
「本から出ました」
「はあ?」
「西田君。本の上にいました」
「ああ」
「あいつ、紙だったんだ。ぺったんこなんだ」
「で、西田君の絵は、本の上にいるだけですか」
「本から外には出ません。本はソファーの上にあります。本の上にいるだけで、そこからは移動しません」
「その紙の西田君、掴めますか」
「つかむ?」
「そうです。触れますか」
「怖くて、そんなことできません」
「西田君、どのページの西田君の絵が出てきたのか、分かりませんか」
「本を開けば分かると思いますが、本の上に西田君がいるので、本には近づけません」
「そうですか。無理はしないほうがいいかもしれませんね」
「いいんですか」
「いいんです」
 三日後。
「本の上の西田君がいなくなっていて、本を開けると西田君の絵の部分が破れており、くりぬかれていました。紙の西田君は、見当たりません。何処かへ行ったのです」
「西田君は紙でしたね。じゃ、裏側にも絵が書かれていたはずでしょ」
「西田君の裏地ですか。それは試していません。西田君は正面を向いていました」
「何処へ行ったのか、分かりませんか」
「家の者に聞いたのですが、見かけないらしいです。知らないと言ってました。というか、相手にしてもらえませんでした。寝言だって」
「その本はどうしました」
「持ってきました」
 そして、本をめくると、確かに切り抜かれていた。しかも正確に。カッターで抜き取るにしては、紙が悪いので、上手く切り取れないだろう。それに髪の毛が飛び出しており、その部分もしっかり切り抜かれていた。
「これは少し困りましたねえ」
 一ヶ月後。
「西田君は帰って来ていません」
「あなたは、図工が得意だと聞いていますが、どうなんです」
「僕が切り抜いたんじゃないですよ」
「これは、失礼。でも、具体的すぎるんです。しかし、その具体性は本のみです。全て本の中だけの出来事で、他に影響はありません。本だけに起こったことです」
「でも、西田君、何処かへ行ったのだから、本から出たんじゃないですか」
「いや、西田君は本です。本の一部です。だから、本内での出来事なのですよ」
「そんな解釈でいいんですか」
「いいんです」
 
   了

 


2012年2月11日

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