小説 川崎サイト



立ち番

川崎ゆきお



「あれは不審者じゃね」
 登下校の児童を見守るため毎日立ち番をしている木下老人が言う。
「もう少し詳しく話してもらえませんか?」
 地元見守り隊の世話人が聞く。
「話していいのかどうか、少々考えておる。いろいろと配慮が必要じゃからな」
「情報は多いほうがいいので、ぜひお願いします」
「公にせんほうがいいと思うがな……」
 木下老人は、そう言うなり黙った。
「配慮ですか。分かります。では私にだけ、そっと教えてください」
「他の人間には言わんほうがよい」
「とりあえず、聞かせてください」
「黙っておこうと思っていたことでな。口にしてはいけないのではないかと思っていてな」
「はい、おっしゃってください」
「わしは二年ほど、あそこで立ち番しておる。学校が始まる時間と終わる時間にな。まあ、我が家の前じゃから手間もかからん。子供の顔は全部覚えておる。子供もわしを知っておる。顔馴染みじゃからな」
「毎日御苦労さんに思っています」
「さて、それでじゃ」
 世話人は時計を見た。
「で、不審者は?」
「あれを不審者と言うのかな。そう呼ぶべきではないかもしれんが、立ち番をやっとると、そう言ってしまうことになる」
「どんな奴ですか」
「わしは地元の人間じゃ。そのわしでも知らんとなると……」
「不審者は外部から来るので、当然かと」
「外と言えるかどうか……」
 世話人はまた時計を見た。
「で、木下さんは何を見られたのですか?」
「子供じゃよ」
「子供?」
「列に加わっておる。もう何カ月にもなろうかな。あの子は見たことがない」
「あのう木下さん、ちょっと用事がありますので」
「そうか。これでいいのか」
「はい、きっと引っ越して来たお宅のお子さんかと」
「違うな」
 木下老人はかっと目を見開いた。かなり怖い顔になる。
「他の子供達も気付かんようじゃ。いつも独りでポツンと歩いておる」
「はあ?」
「あれは、この世の外から来ておる」
「急ぎの用事がありますので、これで」
 翌日も木下老人はその子供を見た。そして、やはり話すべきではなかったと後悔した。
 
   了
 




          2006年7月17日
 

 

 

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