小説 川崎サイト

 

有機の人

川崎ゆきお


 野菜の直販所前で二人は口論になった。
「じゃ、私は毒を食べておると言うことですか」
「そうじゃないけど、やはり有機野菜。有機の米じゃないと安心安全じゃないと言うことです」
「だから、有機じゃない農薬と化学肥料たっぷりの野菜じゃ毒をくらっとると同じだと言いたいんだろ」
「そういうことじゃなく、同じ食べるのなら、安全なものがいいと言ってるだけでね」
「じゃ、あの直販所の、親父のうんこ付きを食べろと言うのか」
「そんな肥はあそこじゃ使ってませんよ」
「昔は、この辺りは、いっぱい肥担桶があった。あれが有機だろ」
「最近は、そんなババタンコなんか使わないですよ。第一水洗で、汲み取り時代じゃないんだから」
「有機は、ババタンコだ」
「違いますよ」
「まあいい。結局君は、高いものを食べておると言いたいだけで、わしのような貧乏人はスーパーで安い野菜しか買わんと言いたいんだろ」
「米もそうです。僕が食べているのは、産地直送宅配有機もので、しかも棚田タイプで高いですが、安全安心です」
「わしは、米は、一番安いのしか買わん。米も危ないと言いたいのか」
「だから、それは個人の自由です」
「じゃ、そんな危険なものを売っておる現実は、どう考える。あれが毒なら、売っちゃいけないだろ」
「安く大量に出来ます。だから、有機より、安い」
「いや、野菜も米も高い。それさえ満足に買えない人間に対し、失礼だろ。貧乏人は、毒を平気で食べておると言っておるのだぞ。君は」
「僕は、家庭菜園をやってます。自分で食べるものは自分で作る。これは命をいただくという意味でもあります。自分で作れば、その過程がよく分かり、自然の恵み、植物の命をいただくありがたさ。そういったものに気付きます」
「君とは、考え方のパターンが違うというより、金銭的余裕があるから、そんな呑気なことが言えるんだ。じゃ、聞くが、君は医者へ行ったとき、薬をもらうだろ。あれは、どうなる」
「僕は漢方薬しか飲みません」
「じゃ、手術をするとき、麻酔薬を使うだろ。歯医者でも、麻酔をかけてもらうだろ。あれはどうなる」
「僕は、食べ物に関して言ってるだけです」
「まあいい、君の言うことを聞いていると、高くつく。わしには無理だ」
「金銭の問題ではないと思いますが」
「そんな稼ぎはわしにはない。食べ物を買うのもぎりぎりだ。さらにじり貧で、この先もっと貧しくなる。それでも金銭の問題ではないとよく言えるね」
「健康に注意しましょう。いいものを食べましょう。安心安全は……」
「安心安全は金で買えるというのだろ。それが買えない人間のことを考えてみろ」
 口論は、さらに続くのだが、その原因は、有機農業ではなく、二人の相性にあるようだ。
 もし、別の人柄の人間同士なら、違った会話になったはずだ。
 
   了



2012年2月27日

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