小説 川崎サイト

 

玉置の玉子

川崎ゆきお


 放し飼いのニワトリの玉子屋の話だ。
 売れない。
 オーナーの玉置はそれで悩んでいた。
 それで、商品のデザインを変えようと、デザイナーに依頼した。
 玉子のデザインではない。これは変えられない。そうではなく、玉子を包むパッケージデザインの変更だ。
 放し飼いで、しかもいい餌を与えているので、玉子単価が高くなる。そうしないと、赤字になる。それで、包装は、単純な玉子ケースにしていた。デザインでお金を使いたくなかったのは、玉子の価値ではなく、パッケージデザインで売れたと言われたくないからだ。餌代が高い上、余計な装飾代で、さらに単価を上げたくなかった。
 しかし、このままではじり貧になると思い、この業界で有名なデザイナーに頼んでしまった。今まで売れなかった地方の特産物を手がけた一流デザイナーらしい。
 その日、デザイナーは車でスタッフとともに玉子屋へやってきた。
「引き受けるかどうかは、話を聞いてからにしますよ」
「ああ、そうですか。その場合、お金はどうなります」
「いただきません」
「ありがとうございます」
 デザイナーは放し飼いされているニワトリや、ニワトリ小屋などを、カメラでパシャパシャ写した。
 玉置はそのカメラを見た。自分が欲しいと思っていたミラーレスのデジカメで、そこそこ値段がする。玉子が売れれば、いつかは買い、それで、ニワトリを写したかった。今もカメラはあるが、コンパクトカメラで、もう少し解像力の高い一眼レフタイプが欲しかったのだ。
「いいですねえ。いい風景です。素朴です。あなた、一人でお世話を」
「はい、そうです。人は雇えません」
「そうなんだ。それで、玉置の玉子なんですが、何か意味が分かりにくいです。偶然あなたの名前と玉子が重なっているので、まずはブランド名から考えましょう」
「よろしくお願いします」
「一応、全体を見たいので。見学させてもらえますかね」
「はい、どうぞ」
 デザイナーは、ニワトリを写している。
 翌日、デザインなーから、直接電話がかかってきた。
「玉置さん。引き受けます」
 オーケイが出た。
 しかし、玉置は断った。考え直したのだ。
「え、やるって言ってるんだけど」
「いいです」
 玉置は電話を切った。
 気に入った仕事しか引き受けないカルトデザイナーが、引き受けると言っているのに、断ったのだ。
 理由の一つは「玉置の玉子」という名前を変えられたくなかった。
 そして、決定的なのは、カメラの写し方にあった。
 玉置は、それが気になっていたのだ。
 それは、カメラを片手でパシャパシャ写していたことだ。いくら手ぶれ補正が効いているとはいえ、乱暴なのだ。それに、ニワトリをよく見ないで、手かざしで、適当に写している。カメラは両手でやんわり玉子を包み込むように持ち、そっと写すものだ。ニワトリを脅かさないように。
 玉田が憧れているいるカメラだ。自分なら、あんな乱暴には扱わない。それが、理由だった。
 結局玉置は、自分でパソコンでパッケージをデザインし、プリントアウトしたものを玉子ケースに張り付けた。
 すると、その効果があったのか、結構売れるようになった。
 そして、収入に余裕ができたので、あのデジカメを買い、丁寧に丁寧にニワトリを写した。次のパッケージに使う写真にするために。
 
   了


2012年2月29日

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