小説 川崎サイト

 

変化を語る

川崎ゆきお


「最近変わったこと、ありませんか」
「おはぎ屋が開いていた」
「おはぎ?」
「ぼた餅です」
「ああ餅屋さんですか。ずっと閉まっていたのですか。そうか餅屋が出来たんだ」
「いつも遅いので、見なかったんだ」
「はあ?」
「いつもその前を通るのは、十分ほど遅い時間帯でして、昨日は珍しく早くその前を通ったので、おはぎ屋がまだ開いていたのです。昼間、通ることはありましたが、滅多にその前を通りません。だから、営業しているおはぎ屋を見るのは、初めてでした」
「そういう意味ですか」
「そうです」
「それが変化ですか?」
「おはぎ屋は変化しておりません。いつもの時間に閉めただけです。昨日と同じように、毎晩毎晩、その時間に閉めるのでしょ。ですからおはぎ屋が変化したのではなく、私が変化したのです。しかし、十分早いか遅いかは、大した変化ではありません」
「そうですね。そのほか、変化はありましたか?」
「うどん屋が出来ていました。これは昨日起こった変化ではなく、数週間前の話です。そのため、昨日の変化ではありませんが、その前、この場所、何だったのかと、ふと思いました。そう思ったことが、変化です。今までそんなことは考えなかったのです。しかし、おはぎ屋のあった場所は、以前、立ち食いうどん屋がありました。そして、新しく出来たうどん屋は、それとは関係なさそうな店でした。もしかすると、あの立ち食いうどん屋が復活したのではないかと思ったのですが、その経営者は老夫婦でした。そのため、新たにうどん屋を別の場所に立てるなど、少し難しい。さらに、その新たなうどんは屋は、不思議と飲み屋のような、居酒屋のような店でした。中に入ったわけじゃないけど、大きなガラス窓なので、店内が見えいるのです。その雰囲気から若者むけうどん屋だと思いました」
「はいはい。では昨夜のおはぎ屋の変化も、うどん屋の変化も、あなたの中の変化なのですね」
「そうです。私が見出さないと、見えてこない変化です。ただ、それを意識的に見ていたのではありません。ふと、気づいたりしたものです。しかし、おはぎ屋の場合は、明らかに私の変化です。思うとか、ではなく、具体的に私が前を通るのが、早かったためです。さらに説明しましょうか」
「随意に」
「じゃ、話してもいいのですね。それは、自転車のスピードを上げたからです。しかし、それだけでは五分は早くなるが、十分は早くならない」
「はい」
「続けますか? 聞くのが邪魔くさそうなので」
「そんなことはありません。注意深く聞いています」
「安心しました。私が話せるようなことは、この程度なんです。だから、退屈してしまうのではないかと感じたのです」
「その心配は無用です」
「はい。では、さらに五分分の話になります。自転車を早くこぐだけでは五分です。それでは十分になりません」
「はい」
「その五分分は、早く家を出たのです」
「はい、わかりました。それで合点がいきました」
「そうでしょうか。しかし、あなたは私の変化に気づいていません」
「十分早くなったことは、今、お聞きしました」
「そうじゃなく、なぜ自転車を早くこいだのか、なぜ、昨日に限って五分、早く家を出たのか。その理由に興味はありませんか。本当の変化は、そこにあったのに」
「じゃ、どうして自転車のスピードを上げたのですか」
「たまに早くこいでみようと、思ったからです」
「では、早く家を出たのは」
「時間を間違えたのです」
「はい」
「真の変化は、なかったのです」
「そうですねえ」
「深刻な変化はなかったことを、お伝えしたかっただけです」
「はい、わかりました」
「では、今度はあなたの番です。どうですか。最近変化はありますか」
「ありますが、語るほどのことではありません」
「あ、そう」
 
   了


2012年3月11日

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