小説 川崎サイト

 

巨大な鶏

川崎ゆきお


「部屋のドアを開けると、大きな鶏がいるんですよ。ふつうの大きさじゃない。鶏冠が天井に届くほどの」
「それはあり得ないですよ、佐々木さん」
「これはお話として聞いてください」
「でも、佐々木さん。それはあり得ないことなので、聞く必要はないのです。わかりますか」
「続けたいのですが」
「それは、意味のあるお話ですか」
「解釈次第」
「誰が」
「みんなはそこで意味を見出す。その行為がいいのです」
「じゃ、続けてください。でも佐々木さん、私は無駄な時間をここでつぶすことになります。そのことを認識した上で話してくださいよ」
「はい。それで、大きな鶏が、地球を救うため、協力してくれと言うのです。僕はふつうのサラリーマンで、一般市民です。そんな力はありません」
「鶏は喋らない。わかりますね、佐々木さん」
「はい、でもその鶏は喋ったのです」
「それにあり得ない大きさの鶏です。さらに喋るとなると二重の罪です」
「あり得ないほど大きいので、喋ることも不思議ではありません」
「たとえ喋ったとしても、日本語を知っていることがおかしいじゃないですか。これは、言葉を話す動物として、そこだけを取り上げても、大事件です」
「一般市民である私に頼んだのは、大衆の力ではないでしょうか。民意です」
「それで戸別訪問ですか。手間がかかる上効率が悪い。だから、市民の力など本当に活用しようとしていない。しかも、鶏のリーダーに従う一般市民などいるでしょうか。地球を救う以前に、その鶏の存在に興味を持つでしょう。私ならつぶします」
「つぶす?」
「カシワにします」
「そんなあ」
「それで、話はどうなりました」
「僕は、鶏のことを、隣の部屋に住む友人に伝えるため、いったん部屋を出て、再び入ると、消えていました。一緒に入った友達は、夢だろうと言いました」
「そうです。夢ですよ。これで、もうすべてが解決です。それ以上何があるのです」
「鶏が象徴する何かがあるはずです」
「ほう」
「しかも大きいし、喋る」
「じゃ、どうして佐々木さんの部屋に鶏が入ったのですか。大きくて入れないでしょ」
「いい質問です。そこにも深い意味があるのです」
「佐々木さん。戯言もたまにはいいですが、その場合、面白い話に限ります。今の場合、説得力がまったっくない」
「面白いじゃないですか」
「部屋にふつうの鶏が入り込んでいるだけでも驚きです。だから、大きくなくてもいいし、喋らなくてもいい。地球を救わなくてもいい。ふつうの鶏が部屋にいるだけで、もう十分です」
「はあ」
「鶏は、佐々木さんのお友達が投げ込んだ。前回訪問したときに、何かに包んで、部屋の中に置いた。それなら考えられます。そして、佐々木さんのお友達の悪戯。脅かそうとしての話です。鶏を大きくすると、完全にあり得ない話となり、取り返しがつきません。ここから先、なにを語っても嘘話です。戯言です。そこに意味などないのですよ」
「何かを象徴しているとは思いませんか」
「思いません。それを言い出すと、何でも象徴的ですよ」
「わかりました。貴重な時間、つまらない話で浪費させてしまいました」
「そうです。それがわかってくれれば、いいのです」
「はい。ご迷惑かけました」
「では、お大事に」
 
   了


2012年3月19日

小説 川崎サイト