小説 川崎サイト

 

人魚

川崎ゆきお


 目覚めると天井の白さがうっすら目に入った。耳にも何かが聞こえている。ざわめき声だ。
 高梨は自分の部屋ではないことを気づくと同時に、この部屋で寝ていることの意味をすぐに気づいた。夕方この宿に着き、バタリと寝てしまったのだ。疲れていたのだろう。
 町の音が聞こえるのは窓が少し開いていたからだ。暖房も冷房もいらないちょうどの気候だ。
 電気をつけると、だいだい色の懐かしい明かり。
 着替えないで寝ていたようなので、そのまま部屋を出て、ロビーへ降りる。
「お出かけですか」
「ああ、ちょっと散歩」
 宿から表に出ると、町のざわめきは市場の喧噪さだったことがわかる。複数の声や物音が、まとまって聞こえてくる。
 時計を見ると夜になったばかりだ。それにしても人が多い。
 市場は幾筋も交差し、それぞれの筋に商店が並んでいる。縁日の屋台のようだが、いずれも店を構えている。二階や三階があり、そこは住居なのだろう。地に足を着けた商家だ。
 高梨は、適当な筋に入る。
 乾物を扱う商店が軒を連ねている。広い幅の店もあれば、一坪程度の小さな店もある。通りにはみ出すほど、いろいろなものがぶら下がっている。干し魚のようだ。透明な袋に入っているのは、高級魚だろうか。海から遠い場所なので、やたらと乾物が多いのかもしれない。
 貝類は石にように硬そうで、中の身なのに、貝殻のように硬そうだ。
 安い干し魚は、そのまま箱中に詰め込まれている。大きい目の雑魚だろう。
 店の奥に行くほど、あまり売れないものがあるらしい。乾燥水族館にでも入ったような気分だ。
 タツノオトシゴが一盛りいくらで売られていた。食べたいのではなく、観賞用に買いたいところだ。
 星の形をしたヒトデもある。これも土産物にちょうどいい。乾物なので、すぐに腐るものではない。
 高梨はヒトデを一つ、手に取る。化石に似ている。水分がないためか、軽い。
「あらっ」
 高梨は声を上げてしまった。店員も一瞬高梨を見る。だが、客が何で驚いているのかはわからないようだ。
 高梨が見たのは人魚だった。しかも握ると指で隠れるほど小さい。失敗したフィギアの捨て場所のように、段ボールの中に、無造作に盛られている。
 小さな人魚は干からびているが、腰から上は人間だ。しかも女性。下半身を見ると、腰骨あたりから徐々に魚のしっぽに変化している。そのつなぎ目が曖昧だ。
 高梨は、人魚を手にする。形が今一つなので、別のを手にする。乾物と言うより、ミイラに近い。
 高梨は値段を聞く。
「そんなに安いんですか」
「あまりおいしくなくてね。まあ、置いてることは置いてるけど、あまり出ないんだ。安くしとくよ」
「でも、これ、人魚でしょ」
「こっちじゃヒトデナシと呼んでるよ。ヒトデなら、値が付くんだけどね。それに少しは身がある。これは駄目だ。出汁に使うのなら、いいんだけど」
「イリジャコレベルですか」
「同じダシジャコでも、食べられる炒り子もありゃ、出汁だけのイリコもある。このヒトデナシは、出汁だけで、食べる人はいない」
「これ、一盛りください」
「あいよ」
 高梨は人魚をゲットした。
 そして、うきうきしながら宿へ向かった。
 夢ならさめないで欲しいと願いながら。
 
   了


2012年3月20日

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