小説 川崎サイト



出た場所

川崎ゆきお



 ハイカーの中にはハイキングコース以外の道なき道を歩く人がいる。高い山でもコースがあり、登り道が出来ている。
 牧田は郊外の低い山を歩くのを趣味にしていた。それらの山には必ず道がある。山林の手入れ用の道が昔からあり、ハイキングコースは、そういう道を利用するコースである場合が多い。
 牧田の場合、そういった道を歩くのではなく、山にいきなり分け入る。当然笹やシダなどをかき分け、岩で遮られれば迂回しながら進む。
 同じ山でも毎回アタック口を変えれば、何度も楽しめる。
 つまりジャングルの中を進むような面白さがあるのだ。
 その日も牧田は山中に入り込んでいた。ちょっと見晴らしのよい場所から下を見ると市街地が見えるほどの低い山だ。
 遠くまで行かなくても、こういう歩き方をすれば深山に迷い込んだような気分が味わえる。
 牧田は熊のようにガサコソ笹薮を抜けた。どこかの裏庭にでも出たようだ。
 まずいと思い、引き返そうとしたが、予想外の建物が見えてしまい、その前に出た。
 三階建てのコンクリートの建物で、その裏へ出たようだ。
 牧田は悪寒を感じた。建物の正体を想像したからだ。隔離された場所にある病院だと思った。
 表に回ると、既に使われていないのが分かった。玄関口から道路が出ているが、アスファルトは剥がれ、雑草が透き間から伸びている。
 正面の入り口に建物の名前を書いた文字がある。文字板を貼り付けていた跡だ。そこだけコンクリートの色が違い、野々村養老院と読める。
 病院ではなく養老院だったのだ。
 入り口には板が張り付けられれている。その板を壊してまで入り込もうとした人が、数年もいなかったのだろう。
 それもそのはずだ。牧田の悪寒が止まらない。震えが足に及び、歩くのさえ難儀するほどだ。
 この中に何かがいることははっきりしている。
 牧田は、そこで未だに暮らしている人に気付かれないように、そっと剥がれたアスファルト道を下った。
 しかし、背中に何人かの視線を受けたようで、思わず振り返ろうとした。
 振り返れば、その人たちを確認出来るかもしれないと思ったが、その罠に填まるまいと必死で下った。
 アスファルトが途切れ、細い山道に出た。
 そこで振り返ると、もうアスファルト道も建物も消えていた。
 
   了
 



          2006年7月26日
 

 

 

小説 川崎サイト