小説 川崎サイト

 

名刺交換

川崎ゆきお


 飲み屋が盛り上がる時間帯がある。店にとって客が多い時間で、夕方過ぎからだ。この盛り上がりは、収入での盛り上がりだが、バイトの店員はただ忙しいだけの話だ。
 そのピークが過ぎたあたり、嵐が去った後のように、一瞬凪ぐ。しかし、余韻は残っており、客もまばらだがいる。
 客の中に神官がいた。とある神社の禰宜だ。
 これは偶然だが、僧侶もいた。
 この二人はともに一人客だ。団体客が帰ったので、この二人が目立った。
 そして、同じ気配を有している関係で、視線があったのだろう。どちらも私服だ。だから、見た目だけでは分からない。それを感知する能力が、二人ともあったのかどうかは分からないが。
「うちの御神体ですか?」
「そうです。お宅の神社の御神体は、何でした」
 神官は挨拶代わりに神社の名刺を渡している。僧侶も、寺の名刺を返している。だから、神社名を見れば、御神体は分かる。
 だが、神官の出した名刺に書かれた神社名は、神の御名を推測しにくかった。それで僧侶が聞いたのだ。
「御神体は、本殿の中です」
「何を祭られておられるのですかな」
「四季の神です」
「ほう、それはそれは。で、御神体は?」
「本殿には当然いません」
「当然なのですか」
「可能性の問題ですよ」
「ほう」
「依り代というのをご存じですか?」
「木や岩などでしょ。降臨場所。着陸点」
「よくご存じで」
「それが何か」
「それが、神なのです」
「依り代が神?」
「だから、可能性の問題なのです。ほとんど神など降りてきていませんがね。ですが、降りたときの場所なので、神聖な場所です」
「だから、御神体は依り代ですか」
「そうです」
「それが本殿の中にあって、祭っておられると」
「本殿は実は、どうでもいいのです。場所のキープです」
「本殿の中に一番聖なる場所はどこですか。おそらく祭壇でしょ」
「祭壇はまあ、飾りです。一応そこは床の間のように、数段高くなってまして、鏡があります。これもアクセサリーで、意味はないのです」
「うちでは仏様がいます」
「はい、分かりやすいですねえ」
「神像はないのですか」
「ありません」
「では、本殿が建っている場所が重要なのですね」
「本殿は箱です。蓋です。覆いです」
「ほほう」
「依り代は下にあります」
「床ですか」
「床下です」
「それはそれは」
「丸い石が一つ。そこから四方に四角い石が四本延びています。そういう石組みです」
「魔法陣ですか」
「東西南北を表し、四季の神四柱を招くのです。まあ、来ませんがね」
「それで、御神体は四季なんですな」
「でも季節神って、ポピュラーじゃないでしょ」
「それぞれの方角を守る仏はいますよ」
「それがまだ確立されていない時代からあった神なのです」
「なるほど」
「納得されていませんね」
「いやいや、本殿の下に石があることは知っておりますよ」
「その東西南北の四柱の、真ん中におわす丸い石に、該当する季節の神が入ります。だから、これが御神体なのです。ただ、石は石です。丸い漬け物石程度の大きさで、その辺に転がっている石ですよ。長細い石は手に入りにくいので、四角いスペースに小石を組み合わせることもあります」
「神社は床下が壷なんですな」
「そうです。建物はどうでもいいのです。問題は地面の石の配置です。ここが神が着陸する場所ですからな」
「しかし、建物が邪魔で、神はよく見えんのでは」
「それは、雷さん系です。避雷針のようなものです。そうではなく、季節と関係する神は、下から来るのです」
「降臨ではなく昇臨ですかな。湧き出るわけだ」
「そうです。これがうちの神社の特徴でしてね。季節は地面からやってくる。という方便です」
「方便」
「ああ、だからそういう論理なのです」
「分かりました」
 二人は、そこで、解散した。
 しばらくして、その飲み屋に二人はまた現れた。
 今度は、違う名刺を交換しあった。
 
   了


2012年4月17日

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