小説 川崎サイト

 

祠巡り

川崎ゆきお


 住宅地の中に祠があり、年寄りが散歩コースとしている。祠は複数ある。昔、この辺りはちょっと栄えた村なので、その名残だろう。今はふつうの家が建ち並ぶ、ごくありふれた町並みなのだが。
 北村は、子供の頃から、その祠を知っていた。しかし、特に興味はなく、そういうものが二三ある程度の認識しかなかった。
 家業を継ぎ、それも廃業になり、今は隠居になった北村は、その祠を気にするようになった。年だろう。
 そして、北村より年輩の年寄りが、相変わらずお参りしている。年をとると信心深くなるのだろう。その一人は小学校時代の同級生で、北村と同じように祠などには興味がなかったはずだ。
「清さん」北村は声をかけてみた。
「北村の坊か」
 子供の頃、この清さんに、北村はそう呼ばれていた。五つほど年が違うので、近所で一緒に遊んだ記憶もない。
「何が祭られているのですか」
「ああ、ここらの祠の中は、石地蔵だ。野ざらしなので、昔の人が祠を建てたようなんだ。この祠、これで三代目みたいだよ」
「誰が管理しているのですか」
「さあなあ、講じゃないかな」
「こう」
「組合みたいなものさ。もう名ばかりで、何もないけど、地蔵さんの管理だけはしているらしい」
「そんな講があったのですか」
「私もよく知らないよ。何でも祭りのとき御輿を担ぐ連中だったらしい。子供の頃、見たことがあるだろ」
「ああ、ありました。三つも四つも」
「そうそう。その一つ一つが講なんだ。もう今では一つにまとまったがね」
「詳しいですねえ」
「なーに、こっちに帰ってから暇でねえ。それで調べたんだ」
「何の地蔵さんなんですか?」
「知らない。昔からあったらしい。地蔵盆もやっていないしね。今はただの祠だよ。中を開けても何もないよ。顔の欠けたのやら、風化して、のっぺらぼうになったのやらで」
「名前はないのですか」
「ない」
「北村の坊も、もういい年になったんだから、お参りすればいい。落ち着くよ」
 北村は、翌日から祠巡りをした。
 先に参った人がいるのか、果物や一円玉を残している。新しいものだ。賽銭箱の中にも、小銭が入っているが、大した金額ではない。十円玉が混ざっている程度で、後はすべて一円か五円だ。
 外に出ている賽銭は誰かが、賽銭箱に入れ直すようだ。
 この街には寺も神社もある。だが、敷居が高いのか、地蔵さんのほうが流行っているらしい。
 北村は、年寄りがこういったお参りをする意味が何となく分かるようになった。何でもいいから聖なるものと接したいのだろう。そして、家の中で、仏壇を拝むより、人通りのある場所のほうが、風通しもいい。
「どうだい、北村の坊。いいだろ。こういうのも。そろそろあっちの世界とお近付きになったほうが、いいんだよ」
 北村は何となくだが、そういう雰囲気が分かった。
 
   了

 


2012年5月1日

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