小説 川崎サイト

 

女修験者

川崎ゆきお


 寺務所のパソコンモニターを前にして、若い住職が何やら思案している。
 郊外にある修験者の寺だが、観光地ではない。寺か神社かよく分からないのだが、一応寺となっている。葬式などはしない。
 修験者は団体で来る。そのほとんどは日曜行者で、自営業者が多い。お得意さんは商店街の組合員だ。しかし、年々数が減り、収入が減った。宿坊はがら空きだ。一泊してまで来る人もいない。
 ただ、都心部からその気になれば日帰りで来れる。
 名勝ではない滝がある。そのため観光資源にはならない。
 ちょろちょろ落ちる小さな滝。しかしこれは滝に打たれるには丁度いい水加減だ。水量や落下がキツイと立ってられない。竹竿やロープが必要になる。それに痛い。荒行でも、そこまでやらない。水行ではなく、行水でいいのだ。客も本気で修行をする気はないのだから。
 滝行は一泊が原則だったが、日帰りプランを作ることにした。
「ブラジャー」
 住職はメモ帳にそう打ち込んだ。
 要するに、女性解禁とし、流行のスピリッチュアルな霊場、パワースポット化に持って行こうとした。
 問題は白装束だ。これは白くて薄い浴衣だ。男子は褌しの上からそれを着る。しかし女性はどうするかだ。水着というのもある。だが、これでは渓流遊びをやっているような感じになる。
 男子は褌でいいが、女子は褌をいやがる。いやもくそもない。絶対に付けないだろう。褌は。
 滝は一つ。二つあれば、男滝、女滝に分けられるが、これは銭湯の男湯女湯に近い。修行の雰囲気から遠ざかる。
 ブラジャーではなく、さらしで胸を隠すのが好ましい。だが、パンツはどうするかだ。褌が無理なら、それに代わるものを考えないといけない。
「ビキニでもいいのではないか」
 と、考えたが、中高年のご婦人は無理だ。持っていないだろう。貸し出すという手もあるが。それでは高くつく。それにサイズ揃えが問題だ。
 そこで思いついたのが、腰巻きとさらしだ。男子の褌にあたるのは腰巻きなのだ。
 しかし、下は腰巻き、上はさらしでは何となく女壺振りだ。若い住職だけに、そんなものを着ている実物など見たことはないが。
 住職はネットで、調べてみると、長襦袢、肌襦袢という言葉に突き当たった。これなら一着で隠せる。しかし、白い長襦袢と白い浴衣は似たようなものだ。どちらも透けるだろう。
 やはりネルの分厚い腰巻きがいい。毛布を巻いているような感じだ。これの欠点は足がもたつくことだ。よろけたとき、腰巻きがまといついて自由がきかないことも考えられる。
 妥協策として、ミニ腰巻きにすることだ。
 住職は、やっとアイデアを詰めた。
 そこに隠居した親父が出てきた。
「祭りの時のパンツでいいんじゃないか」
「それは猿股ですよ。お父さん」
「股引だよ」
「そうですねえ。御輿を担ぐ女性もはいてますよね。短パンのようなやつ。それはいいとしても、胸はどうします」
「乳バンドでいいじゃないか」
「それはブラジャーのことですよね」
「だったら、さらしでいい。腹まで巻く必要はない」
「ああ、いいですねえ。さらしを乳バンドにすればいいのですね」
「そうだ。長襦袢など高い。もったいない」
「はい。じゃ、その上から浴衣を着て」
「早速注文しなさい。猿股は紐付きでないと駄目だ。ゴムは駄目だよ」
「はい」
「だが、これは定番があるんだ」
「何の定番ですか」
「女性行者の定番だ」
「教えてください」
「柔道着」
「ああ」
「女相撲はオリンピックにはないが、女子柔道はポピュラーだ。下にTシャツを着ておる」
「ブラジャーは」
「そこまで見ておらん」
「パンツは」
「剣道でははいておらん。柔道はどうだったかのう」
「サポーターぐらいしているでしょ」
「チンツリか」
「今度テレビでやっていたら、パンツの線が見えているかどうか、確認しておきます」
「ボクサーはカップを仕込んでおるぞ」
「プロテクターですよ」
「じゃ、女子は紐パンでいいんじゃないか」
「やはり、柔道着で、ノーパンでTシャツでいいんじゃないですか」
「柔道着は高い。白い浴衣で十分だ」
「はい。じゃ、パンツは問わないで、プラジャーの代わりにさらし。これでいいですね。だから、お客さんは何も用意しなくてもいいってことで」
「その方がいい。パンツのことは言うな。触れるな。注意書きなしでいい」
「もし、はいたままだと、着替えが。だから、不親切ですよ」
「じゃ、パンツの換え持参と書くのか」
「ああ、そうですねえ。でもはかないと、はだけますよ。あの浴衣」
「サロンパスでいい」
「何ですか、それ」
「前バリだ」
「そう言うの、あると思いますが、用意するのは、何となく、猥褻です」
「だから、パンツには触れぬな。記載なしでいけ」
「はい。それなら、水着持参のほうがシンプルじゃないですか」
「そうだな」
「それなら、さらしの用意もしなくいいですし」
「じゃ、最初から水着でよかったんじゃないか」
「抵抗があります。プールじゃないんだから。一応和風ですから」
「そこは折れてもいい。水着が一番効率がいい」
「はい。分かりました。お父さん」
 ということで、女修験者コースを新設した。
 しかし、来たのは、素っ裸でも、見たくもないような老婆ばかりだった。それなのに、腰も胸もしっかりガードしていた。
 何人かは水中めがねを持ち込んでいた。その姿は、どう見ても行者ではなく海女だった。
 
   了

 


2012年5月9日

小説 川崎サイト