小説 川崎サイト





川崎ゆきお



 地べたに多数の男女が同じ方角を向いて座っている。正座している老婆もいる。
 住宅地の中でそんな光景を見ると驚くだろう。
 見ている方角に祠がある。その中によく見かけるような地蔵が祭られている。
 十人以上の男女は年輩者が多い。ゴザぐらい敷けばいいのだが、そういう物は一切ない。
 前列の老婆がうなり声をあげている。お経と御詠歌を交互に唱えているようだ。その老婆だけが白い法被姿だが、紋とか文字はない。
 すぐ横はモータープールで、前の道は通行人や自転車が始終行き交っている。駅に向かう近道で、車が入りにくい細い道だ。
 その道は昔の村道だったようで、沿道に古い農家が残っている。
 この町には寺も神社もある。それとは別に地蔵信仰があるのか、溝のような組織が残っているのかもしれない。
 春になったばかりで、地蔵盆の季節ではない。
 この道を少し先に行ったところに高層の県営住宅がある。そこに住む岸和田が、それを見たとき、土俗信仰が残る妙な町だと感じた。すぐに通り過ぎればよいのだが、駅前の喫茶店でスポーツ新聞を読むよりは興味深いネタだった。
 しばらくモータープールから覗いていた。都会育ちの岸和田には珍しい儀式が興味深いのだろう。
 岸和田は、そこに祠があることは知っていた。近くに大きな楠があり、そこだけ丘のように地面が盛り上がっている。城跡らしく土塁が発見され、史跡となっている。
 岸和田は、この町の住人でもあるので、参加してもいいのではないかと思い、末席で正座した。
 隣で足を延ばして座っているお爺さんが数珠を貸してくれた。
 岸和田はお爺さんと同じように両手首に数珠はめた。
 最後の御詠歌のようなものが終わり、全員が足を崩した。
 お疲れさまと全員が言い合っている。
 岸和田は何の祭りなのかと隣のお爺さんに聞いた。
 地蔵は大船一族を祭るもので、この辺りを鎌倉時代に開墾した豪族らしい。一族は繁栄したが信長との戦いで滅んだようだ。
 土塁跡だけが残っているその場所に館があったとか。
 ここに集まっているのは大船一族に繋がる家の末裔らしい。
 今日は大船の殿様が討ち死にした日だったようだ。
 
   了
 

 



          2006年7月30日
 

 

 

小説 川崎サイト