小説 川崎サイト

 

旧館病院

川崎ゆきお


 この話は都市伝説だが、昔の怪異談でもあったかもしれない。
 病院の旧館が現れる話だ。
 その私立病院は町の中心部から少しだけ離れた角地にある。まだ、道路整備が行われていなかった時代に建った。自家用車などが普及していなかった時代だ。
 当然、今は道幅も広がり、新しくできた広い幹線道路が、この病院の真横を走っている。他の建物は立ち退きになったが、この病院の公共性を考えたのか、敷地ぎりぎりとのところに道ができている。敷地内を避けたのだ。
 その時代の病院は二階建てで、しばらくして入院患者用の別館もできている。
 旧館が姿を現すというのは、この時代のものだ。
 今は、すべての建物が取り壊され、五階建てのビルに収まっている。
 大きな道路が交差する角にあり、目印になっている。
 夜、その角に旧館が現れる。
 それを見たドライバーや、通行人は近いうちに大病か事故に遭うと噂された。総合病院なので、内科も外科も何でもありだ。
 ただ、この噂に疑問を感じた人がいる。都市伝説なので、嘘に決まっているので、疑問も何もない。あり得ない話なので。
 参考に、その人の疑問点を訊くと、旧館とはなんぞやとなる。
 かなり年輩の人でないと、旧館を知っている人はいないのだ。ましてや通りすがりのドライバーが、旧館を知るわけがない。では、どんな旧館を見ていたのかだ。
 旧館玄関先は煉瓦塀と植え込みで囲まれ、アーチ型の階段があり、大きな板の白いパネルに内科、外科、レントゲン科と書かれている。それが自治会の掲示板のように立派なもので、小さな屋根までついている。その屋根はほとんど意味はないアクセサリーだが。
 植え込みには大きな松や、杉の木。そして熱帯性の椰子の木に似たものが所狭しと植わっている。二階建ての母屋をそれらの樹木が取り囲んでいる。
 この旧館を見た人は、同じものを見ているらしい。
 個人の思い出から引き出した映像ではないところに凄さがある。
 目撃者の記憶にない映像なのだ。
 都市伝説は嘘である。だから、こういう話も作り話だが、何となく昔のゆっくりとしていた頃の病院を懐かしむ年寄りが、言い出したのではないかと思われる。
 
   了



2012年5月14日

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