小説 川崎サイト

 

人の心が分かる人

川崎ゆきお


「人の心が分からないやつだと言われました」
「誰に?」
「上司に」
「それで」
「人の心が分かるとはどういうことでしょうか。そして、僕は人の心が分かる人間になりたい。そうでないと首です。将来がありません」
「職種は」
「キャラクターデザインです」
「あ、そう」
「人の心が分からない人間に優れたデザインはできないし、そのキャラクタ展開もできない。応用もできないと言われて」
「人の心は誰もが読めるが、誰もが読めない」
「はあ」
「君は人の心を読めたじゃないか」
「え」
「その上司の心を読んで悩んでいるのでしょ」
「読んだからじゃなく、言われたからです」
「いや、読んでおる」
「どこを」
「君を首にするかどうか、上司がどう考えているのかを読もうとしている」
「そうじゃなく、上司が言うのはおそらく人間味が分かる人ということじゃないかと思うのです」
「ほら、読んでおるではないか」
「そうですねえ」
「しかし、それは誰でもできることで、特別なことじゃない」
「はい」
「人の心が読めれば、もうおしまいだ」
「え」
「読心術があると仮定し、人の心を読むことができれば、怖くて何もできないでしょ。だから、そこで言う人の心を読むとは、想像する程度のことだ。察することだが、それは想像でな。本当はどんな心持ちでいるのかまでは分からん。そして、それを知ってしまうと、いい面でも悪い面でもいたたまれなくなる」
「人の心分かるとは、想像することでしょ。理解することでしょ。僕はそれが下手なのかもしれません」
「それとキャラクターデザインとはどう関係するのかね」
「先輩は、いえ社長は、大ヒット作を作りました。犬のキャラです。子供から大人まで、みんなあの犬のぬいぐるみやグッズを持っているでしょ。かわいい子犬のデザインの」
「あれは、人の心が分かるから作ったものとは思えない」
「でも、大ヒットしました」
「偶然でしょ。だから、二匹目のドジョウは出ない。運がよかったのですよ」
「でも、人の心が分かる人が作ったキャラなので、ヒットしたんじゃないのですか」
「その上司、君にそんな怖いことを言ったのだよ。人の心が読めない、分からない人間だと、君に言った。それを言われた君は、ここに相談に来た。パニックになったのでしょ。将来がないと、君は思ったのでしょ。その気持ちを上司はどうして分からないのでしょうね。人の心が分かる人なら、そんな言い方はしないでしょ。従って、その人が、その上司こそ人の心が分からない人なのです。そして、その人が作ったキャラクタは、人の心が分からないからこそ作れたのです。逆ですよ」
「じゃ、僕は人の心が読めない人でもいいのですね」
「誰でも人の心は読める。そして、誰も読めない」
「読めるのに読めない。分かるのに分からないのですか」
「推測だからね。当たっていないことが多い。だから、下手に人の心が分かったつもりでいる人間のほうが危ない」
「僕はどうすればいいのでしょうか」
「キャラデザインなど偶然の産物だと思うよ。だから、その先輩、社長さんだったか、その後ヒットはないでしょ。だから焦っているのですよ。そして、その方法は分からない。そして考えたのが、ヒューマン路線だ。人の心がどうのとご託の言い出す。これは末期だ」
「僕はどうすればいいのですか」
「言わしておけばいい。簡単には首にできない。解雇理由が、人の心が読めないやつでは通らないよ」
「何か心が楽になりました」
「本当かね」
「いえ、せっかくお話を伺ったので、お礼のつもりです」
「私の心を、読んでおるではないか」
「あ、はい」
 
   了

 


2012年5月17日

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