小説 川崎サイト



四点投手

川崎ゆきお



 何でもない投手がいる。成績は実に平凡なものだが、二軍に落ちることもなく、先発ピッチャーとして居続けている。
 勝ち投手より負け投手になる方が多い。それでも監督は使い続けている。
 だがもう三十前なので、将来を期待し、我慢して使っているわけではない。
 この投手を二軍から引き上げたのは打者出身のベテラン監督だった。
 投手コーチにも相談せず、自分で決めた。
 専門家筋からは、他の有力な投手がいないためだろうと噂された。しかし彼よりも成績のよい投手は他にもいたが、先発ローテーションからは外されていた。
 試合で彼が出てきても、そう大して誰も期待していないし、ファンもまだあの投手がいるのか程度に見ていた。
 彼は打たせて取るタイプに入るが、監督はそう思っていない。出来るだけ打たせないように、三振を狙うタイプだと見ている。残念ながら打たれてしまうのだが、その程度の実力なのだ。
 彼が登板すると守備が忙しくなる。どんどん打たせてしまうからだ。本人は打たせまいと思っているのだが、結果的には打たれてしまう。それを知っているので、守る側は忙しい。打たれることを覚悟して守っているからだ。
 当然負け数の方が多い。速球も変化球もそこそこで、特に優れたところがない。ただスタミナがあり、後半になるほど調子がよくなるため、最後まで投げ切ることが出来た。
 彼は毎試合何点かは失点する。ゼロで押さえたことは一度もない。
 監督が彼のデーターを見て感動した点がある。それは四点以上失点しないことだった。
 それを見いだしたとき、監督はこの男は使えると思った。
 大事な試合で彼が三点取られ、相手が勝ち越した。本来なら投手を代えるタイミングでも続投させた。あと一点取られるかもしれないが、それ以上の失点はデータにはない。投手を代えるより安全だった。もし負けたとしても打者が不甲斐なかっただけのことだ。
 また、打者が全く点が取れない日もある。そんなとき、彼なら四点以内で収めてくれ、大敗することはない。非常によい負け試合を支えてくれる。
 今日も彼が先発した。人気投手ではないので注目されない。その反面打者が活躍すれば目立つ。
 そして四対ゼロで負けた。監督は彼には何も言わない。期待していた通り四点以内で収めてくれたからだ。
 
   了
 




          2006年7月31日
 

 

 

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