小説 川崎サイト

 

煙草が知らせる危機

川崎ゆきお


「ほほう、煙草が知らせたのですか」
「そうなんです。煙草を危機を知らせたのです。警告してくれたのです」
「煙で、あなたの居所を教えた……などと、私は最初に、そう考えましたが、場所はどこです」
「いつも行く喫茶店までの道すがらです」
「道すがら?」
「歩道です。自転車で、そこを走って行きます。人が歩道にいると、通りにくいので車道に出ることもありますが」
「では、煙草の煙はのろしのような合図にならない」
「のろし? そうじゃありません。煙草が吸えなかったのです。だから、煙はありません」
「ほう。じゃ、何ですか。それより、私は先に想像を働かせて、勝手なことを言いました。よくあなたの話を聞いてから、お答えします」
「はい」
「どうぞ続けてください」
「ポケットにあるはずの煙草はあるのですが、箱だけです。一本も残っていなかったのです」
「箱に入った煙草なんですか。私の吸っているのは、薄い紙で簡単に包んだもので、四隅がしっかりあり、硬い紙ではなく、安っぽい紙ですので、箱型をしていますが、所謂ボックス型じゃないのです。紙が薄いのですよ」
「あのう」
「あ、失礼しました。また余計なことをお話ししました。続きをどうぞ」
「煙草が切れていることを、忘れていたのです。テーブルの上に置いてある煙草とライターをポケットに入れ、外に出ました。だから、煙草を忘れて出たわけではありません」
「忘れたのは、煙草の中身で、忘れなかったのは箱なんですね」
「どちらでもいいですが、気付かなかっただけです」
「それに気付いたのはいつですか」
「はい、部屋から出てしばらく走りますと、大きな車道に出ます。そこを渡り、その危険な横断を終えた後、ポケットから煙草を取り出すのが癖なんです。いつも、決まって駐車場を右に見ながら、側溝におかれている自販機の前あたりになります。自販機をやや通過することもあれば、その手前の場合もあります。誤差はその程度です。そこで、煙草の箱を取り出し、一本抜こうとしたら、ないのです」
「はい、非常に丁寧な説明で、目に見えるようです」
「それで、道を選ぶ必要に迫られました。煙草を売っている場所は、戻ればあるのですが、せっかくあの危険な大きな道路を渡ったのですから、また渡り直すのはいやです。それに方向が違います。目的地の喫茶店への距離が長くなります。そういうとき、喫茶店と同じ方向にある店で煙草を買うように、決めています。喫茶店でも吸います。だから、一本や二本残っているだけではだめなんです。最低五本は必要です。そういうときは分かっているので、喫茶店近くの店へ先に寄るようにしています。今回もそれにならいましたが、予定外です」
「危機を知らせるとは、どういうことですか」
「今その下りに入ったところです。余計な話をしていたわけではありません。今、今、話そうとしていたのです」
「ああ、出鼻でしたか」
「その出鼻です。危機とは」
「ほう」
「いつもと違う。つまり、煙草が切れていたことを、煙草が知らせただけではないのです。空の煙草の箱が知らせたのは、危険だと」
「それが、どうして危機だと」
「いつもと違うことになることを、予感しました。これは悪い予感です。でもそのときは、そのお知らせをあまり気にしていませんでした。煙草屋に寄った後、喫茶店へ入るコースを選んだのです。具体的には、もう少し先に四つ角があり、直進すれば喫茶店ですが、煙草を売っている店は右折し、さら左折して直進するのです。この場合、喫茶店への道と筋違いで並行して走る感じになります。つまり、少し右寄りの場所に煙草屋があるのです。この筋は、滅多に入りません。先ほど説明しましたように、煙草の残りが数本のとき、この筋を利用します。でもそれは年に何度もありません。なぜなら、煙草の予備を鞄の中に入れていることが多いからです。今回は、予備なしで、残りもなしです」
「はい」
「問題はそこからです」
「続けてください」
「先ほど出鼻と言いましたね」
「はい、聞きました」
「直進するコースではなく、右折し、そのあと左折しようとした瞬間、つまり、出合い頭、車と接触しかかったのです。狭い道です。きっとその筋沿いにあるマイカーでしょう。そんな車がすーと入ってきたことに気付きませんでした」
「あのう、煙草が危機を知らせるという話なのですが」
「まさにそれです」
「どこが」
「いつもとは違うぞ、と警告してくれたのに、それを無視したのです」
「はあ……」
「つまり、交通に気を付けろと言うことを、煙草がお知らせしてくれたのです」
「うーむ」
「何か?」
「いえいえ、そうおっしゃるのなら、そうなんでしょう」
「ですよね」
「ただ、単純に言えば、いつもの道とは違う道に入ったので、勝手が違うので、安全な場所、危険な場所が分かりにくかったのではありませんか。いつもあなたが通っておられる道なら、勝手知ってるだけに、危機はすぐに分かる。また、危険な場所は、もう分かっているので、無意識のうちに、その手前でスピードを落とす。とかです」
「そうとも言えます」
「まあ、いつもと違うパターンに入ったときは、注意が肝心と言うことで、いいでしょうか」
「はい、賛成します」
「じゃ、今日は、このへんで」
「ありがとうございました」
 
   了

 


2012年5月27日

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