小説 川崎サイト

 

心霊内科

川崎ゆきお


「疲れていたのだと思います。あんな幻覚を見るとは」
 彼は最初から自分でそういう解釈をする客は嫌いではない。患者ではなく客と呼んでいるのは、医者ではないためだ。
 幻覚を幻覚として、認識できる人が増えている。それは脳の中で起こったことであることを知っている。また、今はそれがふつうの解釈で、オカルトやホラー世界があるようには語らないものだ。心の病気なのだ。
 その客が見たのは、妖しげな客引きの女性たちだ。
 場所は二流の歓楽街だが、駅前開発で戦後闇市からあったような建物は取り壊されている。駅には大きなショッピングモールができ、小便臭い通路も駅前広場として均されている。
 その一角に風俗店が立ち並ぶ場所があり、さすがにそこは開発の波はかぶっていない。
 夜になると、風俗嬢たちが改札前で立っている。若くてセクシーな女性で、誘われるままについて行くと、風俗店に連れ込まれるのだが、その中は秘境で、改札前のサンプルとは全く違った老婆がつく。
 相談に来た、その客は、それを幻覚だと言っているわけではない。誰でも見ることができる光景のためだ。
 改札ではなく、風俗街に至る商店街の中で、それを見たらしい。
「ああいう女性は露出度の高い服装なんですが、そうじゃないんです。確かにセクシーですが、今風じゃない。それに誘って来ないのです。改札近くにいる女はうるさいほど寄ってきます。ビラを配っているふりをしていますが、実は勧誘です。僕が見たのは、それじゃなく、もっと奥です。そこにキャッチャーはいないはずなんです。それがいたんです。一人や二人じゃなく、もっと大勢です。そして、センスというか、服装というか、髪型というか、よく似ているんです。その全員がね。一人だけなら、そんなに気にならないのですが、時代遅れな服装で、レトロというか、ドレスのような感じでしょうか。それをうんと下品にしたような。それにネッカチーフを頭にかぶせているところなんて、妙です。いませんよ」
「はい」
「それで、僕は調べたんですがね。あれは、戦後すぐに現れたパンパンです。売春婦です」
「そういうイベントじゃないのですか」
「もう営業時間は終わっていました。あの辺は十二時までです。僕が前を通ったのは一時を過ぎていました。終電がないので、サウナで寝ようと、その近道をしたのです」
「今まで、そんな幻覚を見ましたか」
「見ません」
「そのパンパンでなくてもよろしいですから、所謂幻覚症状はこれまでありましたか」
「ありません」
「じゃ、それは幻覚じゃないですよ」
「先生、そんな単純に……」
「あれが、出る噂を聞いているからです」
「そんなことを言わないで、幻覚だと言ってください。そうじゃないと、僕は幽霊を見たことになるじゃないですか。そんな体験はこれまで一度もありません」
「幻覚も、幽霊も、これまで一度も体験がないのでしょ」
「は、はい」
「じゃ、初めての幽霊と言うことで」
「それで、すみますか」
「だって、出るんですよ。あそこ。だから、それは幽霊です」
「そんなに有名なんですか」
「はい、パンパンが出る場所として、有名です」
「先生は、心霊現象を信じておられるのですか」
「私は信じていませんが、見た人が多いので」
「それは違います。幽霊など存在しません」
「だから、あなたはストレスで幻覚症状が出たのではありませんので、心配する必要はありません。頭の中の病気ではありません」
「じゃ、今度あそこを夜中に通れば、見られますか?」
「それはパンパンに聞いてください」
 客は納得できないままドアを閉めた。
 心療内科だと思っていたのだが、心霊内科の札がかかっていた。

   了

 


2012年5月28日

小説 川崎サイト