小説 川崎サイト

 

石神

川崎ゆきお


 古い土地には、昔からの伝説が残っている。新しく出来た埋め立て地などでは、いくら掘り返しても海底の地層が出てくるだけかもしれない。
 山を削り、山を崩して出来た町も、似たようなものだが、太古の昔のことまでは分からない。大昔、その山で何かがあったのかもしれないが、記録に残っていない場合、ただの山だろう。
 いつ、どのあたりでその地名になったのかさえ分からないほど古い地名がある。町よりも先に地名がある。町名は変えられるが、地名は滅多なことでは変えられない。そう呼ばれている一帯のためだ。
 太古の昔から、そこに人が住み暮らしている場合、幾重にもその地層に文化のようなものが重なっている。
 これは掘り起こすと出てくるかもしれない。その時代に乗っていた色々な物が撤去された場合は別だが、それには根こそぎ抜いてしまわないといけないような、何らかの理由がいる。
 ただ、ややこしい文明のようなものがそこにあっても、遺跡として残る場合が多い。もうその文明は滅びたのだから、残骸を撤去し尽くす必要がない。保存しないで、放置すれば、崩れ去るはずだ。その場所を使う人が現れない限り。
 石神という、呼び名だけで残っている場所がある。山の取っつきにあり、巨石文明の跡だと言われている。石神は当て字だ。「いしかみ」「いしがみ」どちらかは分からないが、古地図には、「石神」と記されているが、今は山沿いの高級住宅地となっている。町名も石神とはなっていない。山の名にも石神山というのはない。この平野部に面した山地を石神と呼ばれていたため、この市より面積の広い場所を指している。
 その範囲は、ひとかたまりの山地がちょうどうまく切れる範囲ではなく、隣接する山々や、その先にある深山でもある山脈の一部も加わっている。
 大和朝廷以前、卑弥呼などが現れる、さらに前の時代に住んでいた人々ではないかと言われている。
 古事記や日本書紀にはその記載はないが、万葉集に、その石神地方ではないかと思われる歌がある。いにしえ人にひっかけて、その地名が出てくる。
 この石神一族の土地だった場所に、一人の老人が現れ、その中心部だった、今の高級住宅地をうろうろしている。
 と、いうのは、伝奇物語の走り出しになりそうだ。
 
   了


2012年6月2日

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