小説 川崎サイト

 

内面世界遊覧

川崎ゆきお


 沢村は内なる世界に入っていくのが得意である。これは精神世界と言ってもいい。その世界に入ったとき、さほど体は動かさない。走ったり歩いたりもしない。肉体は少し置いといて、精神だけを使うからだ。
 だが、体というのは、じっとしているときでも動いている。使っているのだ。その意味で、あまり体を動かさない、という程度だ。厳密に言えば、精神だけの行為というのは、生きている存在ではあり得ない。
 だから、ここでは精神と肉体を厳密に分けないで、何となく自分の内面を見ているような状態だ。
 沢村はそれが得意だが、別に内省しているわけではない。反省するために、自分を見直しているのではない。ただ、そういう雰囲気の時もあるが、それはダイビングしてみないと分からない。
 沢村は、内面世界に入るための儀式はそれほど必要ではない。業ではないからだ。道具も使わない。
 内命世界に入り込むことを、沢村は最大の楽しみにしている。そして、今は趣味だ。どんな遊びよりも、楽しめるのだろう。ただ、怖いこともある。内面世界だけに、当然だ。
 しかし、最近は怖くならない方法を編み出している。ダイビング方法を工夫し、さらにその先、危ない箇所に入り込まないよう、道筋をつけたためだ。
 やり方は簡単で、運が良ければ毎日でも可能だ。そして、その世界に入ることで、よけない時間を過ごすとか、無駄な時間を使う、などもない。つまり、特別な時間は必要ない。これがテレビを見る、本を読むなら、その時間が必要だ。しかし、沢村の場合、その必要はない。
 その方法は、簡単だ。
 寝る前にそれが起こる。寝かかったとき、それが起こる。
 ウトウトとしかかったとき、チャンネルを入れる。入ってくるラジオの電波を探すような感じで、ちょっとしたことを思い起こす。もう、ウトウト状態なので、意識的に切り替えるわけにはいかないので、なるがまま、ぼんやりと思案するような感じだ。ただ怖い想像にならないように、チャンネルを選ぶのがコツだ。
 すると、本当に眠ってしまう手前のところで、半ば夢のような感じで、内面世界が広がる。起きたまま夢を見るようなものだが、それは夢ではない。まだ寝ていないからだ。意識はあり、起きようと思えば、すぐにでも戻れる。
 これが、沢村の内面世界だ。そして内面世界遊覧なのだ。これは、どの程度の長さなのかは分からない。結局眠ってしまうので、内面世界遊覧がいつ終わったのかは分からない。テレビドラマを見ながら、うたた寝をしているようなもので、最後まで見ていないので、結末が分からないのと同じだ。
 ただ、この遊覧のためには、健康な体、ストレスの少ない日常が必要らしい。なぜなら、内面世界遊覧が怖い話になることが多いためだ。
 沢村は、この眠りにつく寸前の美味しい箇所を味わうため、平穏な日常になるよう心がけている。
 
   了


2012年6月4日

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