小説 川崎サイト

 

悪魔の洞窟

川崎ゆきお


「魔窟の入り口が見つかったのですが」
 有馬博士は神妙な口振りだ。
 冒険家は、それを聞き、またかと疑問符を打つ。
「言葉が足りなかったのかしれません。正確には悪魔窟です。つまり悪魔の洞窟です」
「魔窟とは盗賊が集まっているような通りだ。その間違いじゃないのかな」
「私の分析では、山中です。決して村里ではありません」
「その分析、読み違えていないかなあ。無駄足になりそうなので、もう一度確認してよ」
「三日前徹夜で調べました。翌日は睡眠不足で、一日寝ていました。そして昨日、改めて、もう一度、精査しました。非常に冷静な頭で。だから、決して私の希望を入れた興奮状態から導き出したものではありません」
「で、何なの。その悪魔の洞窟って」
「そのままです」
「悪魔がいる洞窟ってこと」
「はい」
 有馬博士と冒険家は人里から少しだけ離れた山中に入り込み、じめっとした谷に降りた。土地の人は地獄谷と呼んでいる。地獄谷は全国至る所にあるため、珍しくも何ともないが、有馬博士の説によると、他との違いが出ているという。地獄谷の多くは険しい場所で、切り立った崖に囲まれ、人が寄りつきにくいことが多い。
 だが、魔窟のある地獄谷は、すんなりと降りていける谷底だ。また、地獄谷の景観としては、不毛の地が多い。温泉地などで、ガスが発生し、植物が育たず、谷川にも魚はいない。
 しかし、今回の地獄谷は豊かな森林地帯だ。そして、谷にも関わらず、川がない。雨が降れば、水の通り道が自然と出来るが、そのほとんどは地下に入るようだ。
 有馬博士が注目したのは、この地下水路だ。ただ、その場合、魔窟との辛みでいえば、自然に出来た地下の洞窟ということになり、悪魔のいる洞窟とは少し趣が異なる。なぜなら、有馬博士によると、悪魔は人が作ったもので、悪魔という存在が、最初から自然発生的にいたわけではないためだ。
 有馬博士が古文書から悪魔を読み解いたのだが、それは神に関する記載に出てくるところの悪魔だ。神の必要性は、この悪魔によって支えられていると言ってもいい。
「日本には悪魔はいないとされています。しかし、いたのです。これが今回の調査です」
「どういうことです」
「この場所に一番近い村落があったでしょ。もう廃村状態でしたが、そこは隠れキリシタンの里なのです」
「あ、そう」
「その後、隠さないといけなくなったのですが、仏像やお地蔵さんに身を変えたりしました。ただ、日本の神々は使わなかったようです。さすがにこれは、神として重なりますからね。しかし、ここがキリシタンの里であることは知られていません。なぜなら、そういった偽装品もなくなったからです。しかも、あとを継ぐ人がいません。だから、完全に消えたのです。ところが、悪魔は残ったのです」
「よく分からないけど、僕が活躍するシーンはあるのかなあ」
「そういう背景を知った上で、中に入りましょう。入口を捜すのです」
「はい、探しましょう」
「悪魔の洞窟を発見することは悪魔の研究をするのではありません。キリシタンの里だったことを証明するためです」
 その隠れキリシタンの里から、地獄谷までは近いといっても山はいくつか越えないといけない。これは、近すぎると危ないためだろう。
 冒険家のカンは鋭い。すぐに崖の隙間を見つけだした。だが、これは素人でも見つかるほど、非常に分かりやすいクレバスだった。ここに悪魔の洞窟があると知っていなければ、何でもない崖の割れ目なのだ。
「ついに発見しました。これが魔窟。悪魔の洞窟です」
 崖の切れ目は、谷底から四メートルほどの高さにあるが、でこぼこした岩は足場になりやすく、また樹木の枝も伸びているので、簡単に入り口まで上ることが出来た。
「これは自然に出来た水路じゃありません。なぜなら」
「説明を受けなくても分かりますよ。水がないのだから」
「そうです」
 有馬博士の言う通りノミ跡が残っている。人が削ったものなのだ。
「神を崇めるためには悪魔が必要だったのです。だから、この魔窟を掘ったのです」
「有馬博士」
「どうしました」
「僕の経験からいうと、これは偽装です」
「何の?」
「自然に出来た洞窟のように似せてあります」
「うん、それでいいんだ。そして、この洞窟を掘る意味が他にないとすれば、魔窟だよ」
「他にないとは?」
「氷室とか、麹室とか、そういった村で必要なものです。そうでなければ、修験者用の穴だ。しかし、このあたりに、修験道場の記載はない。まあ、個人が勝手に行場として作ったものかもしれないがね」
「有馬博士」
「何かね」
「悪魔がいたらどうします」
「そんなことはない」
「僕はそんな解説ではなく、悪魔を探しています」
「それは無理だ。君は無宗教者じゃないか」
「ああ、そうですが」
「だったら、悪魔は必要ではない。だから、存在しない」
「そんなものですか」
「ただ、その場合、宗派系悪魔に限られる」
「それ以外の悪魔もいるわけでしょ。そうでしょ」
「しかし、日本には西洋のそれに匹敵するような形の悪魔はいない。君はコウモリのような形をした悪魔を想像していないかね」
「しています」
「獣系です。それは」
「はい。理性のない存在です」
「日本にも、それに類するものがいるかもしれませんが、それは妖怪博士によると、狐憑きではないかということです」
「有馬博士は妖怪博士を知っているのですか」
「同好の士です。それより、先へ進みましょう。ライトの用意を」
「はい」
 二人は、洞窟の奥まで行った。数メートルで行き止まりになった。その端に削りかけの窪みがある。さすがに、岩盤堀りは、きつかったのか、そこで放置したようだ。
「天井を見なさい」
「いますねえ。さっき飛びました」
「小さいです。あれじゃ悪魔とはいえない」
 足下を照らすと、動物の骨やコウモリの糞だらけだった。
「魔窟を掘っただけで、それで目一杯で、その後なにも手を加えていなかったようだ。悪魔の像でもあれば、よかったのに」
 冒険家は、洞窟内を隅々まで調べたが、それらしいものは見つからなかった。
「空振りでしたねえ。有馬博士」
「空堀じゃ、仕方ない」
 
   了



2012年6月16日

小説 川崎サイト