小説 川崎サイト

 

夢心地

川崎ゆきお


 これは夢の話だ。
 作田は昼過ぎに起きてくる隠居さんだ。ある日、作田にとっては朝だが、昼前に目を覚ます。昼過ぎまで寝ることになっているため、これは起きるのが早い。ここで起きると、その日一日睡眠不足気味となり、体調の悪い日と同じになる。
 しかし、いい目覚めだった。心地よい睡眠だったのだろう。こういう日は体調がいいはずだが、錯覚の場合もある。
 作田がもう一度寝ようとしたのは壁時計を見たからだ。まだ昼前なのだ。気分も体調も起きてもいい。だが、時計の針が示している時間がそれを阻止する。これは何かの罠なのだと。昨夜は遅い目に寝た。それなのに早い目に起きるとろくなことはない。単純な話だ。睡眠時間を計算すれば、誰にでも得られる解答だ。
 しかし、夢見の心地よさ、寝起きの心地よさをもう少し味合いたいのか、すぐには目をつぶらなかった。
 昼前なので室内は明るい。遮光カーテンの隙間から漏れる光が室内を柔らかく包んでいる。
 目覚めたとき、時計だけを見た。丸い大きな掛け時計だ。本当に見たのは針だ。それも短針しか見ていなかった。そして、すぐに目を閉じたのだが、もう一度目を開けると、室内の様子がいつもと違う。時計以外を見たためだ。
 特に大きな変化はないし、馴染んだ室内だ。テレビがあり、ちゃぶ台があり、タンスがある。本棚がある。
 しかし、テレビが小さい。15インチのブラウン管テレビなのだ。ちゃぶ台の位地も違っているし、その上に乗っているノートパソコンも違う。こちらも小さいのだ。15インチモニターのはずだが10インチなのだ。
 そして、本棚に大きなカメラがある。フィルムカメラ時代の一眼レフだ。もうそれは、押入の奥につっこんだはずだ。
 しかし、この室内風景は非常に目に馴染む。よく見慣れた風景のためだ。
 十年前の部屋にワープしたようだ。
 作田はそれが解除されない間に、トイレに立つことにした。
 そして、往復したのだが、特に変化はない。十年前と今とではそれほどトイレ内での変化はないためだ。
 そして、布団の中にもう一度入る。ここでしっかりとした変化を見た。掛け布団の柄が違っている。しかし、気が付かなかったのは、これも馴染んだ柄や色のためだ。その掛け分とのカバーは、汚れすぎたので洗濯しないで捨てている。
 まだ、ワープは解けていないようだ。このまま外に出れば、大変なことになりそうだ。
 しかし、心地の良い眠りに誘われて、動きたくない。
 そのまま、寝入ってしまった。
 起きると昼過ぎだった。いつもの起床時間だ。ちゃぶ台には15インチのノートパソコン。壁際には40インチの液晶テレビ。本棚には小さなデジカメ。戻っている。
 だから、あれは、夢だったのだと作田はすぐに判断したが、あの快さがどうも忘れられない。
 しかし、こればかりは夢なので、もう一度見たいと思っても、叶うものではない。
 
   了


2012年6月19日

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