小説 川崎サイト

 

三本松

川崎ゆきお


 宮田がいつも通っている道がある。自転車で買い物に行くとき通る道だ。その道は駅前へと続いている。
 出来るだけ車の多い道を避けて、裏通りをジグザグに走っているのだが、ある日、見かけないものを感じだ。それはものがないのだ。あるはずのものがない。歯が抜けたように。更地にするための工事で、シートで囲われているが、風で一部がはずれたのだろう。中が見える。シートはカーテンのようなもので、防塵、防音効果よりも、目隠しだろう。
 いつも通るのが夜なので、そこにそんなシートが張られていることに気付かなかった。町中でそんな光景はよく見かけるので、気にもとめなかったのだろう。
 今回気にとめてしまったのは、以前、そこに何が建っていたのかを思い出そうとしたためだ。沿道のすべての建物を覚えているわけではない。
 しかし何となく前後関係左右関係が分かるもので、もし目隠し状態で、その沿道のどこかで立ち止まり、目隠しを解除すれば、ぴたりと場所は特定できる。
 それは、あるべきものがあるためだ。個々の建物までは把握していないが、流れのようなものがある。
 これは、動画データーではないが、頭の中の履歴で残っているのだろう。何度も何度も繰り返し見ている絵。意識的には取り出せないが、何となく分かるのだ。
 宮田は更地の場所に何が建っていたのかを、その履歴から呼び起こそうとした。実に暇な話だ。他に思案すべきネタがなかったのだろう。このネタの方向は昔話に属してしまう。宮田にとっての懐かしのシリーズに。
 すると、すぐに思い出せた。五階か六階建てのマンションだ。一度雨宿りで、その階段の下を使ったことがある。だが、それは中学生時代だ。そのため、四十年以上前の記憶だ。
 四十年前、そこに高いマンションがあったことを記憶している。だから、築四十年以上なので、取り壊したのだろう。賃貸なら古すぎて、借り手が見つからないのかもしれない。
 このマンションを覚えていたのは、塾への通路だったためだ。週に二回ほど通った道だ。
 宮田は翌日の昼間、その更地をもう一度見に行った。それだけを見るために行ったのだ。
 上物は全部撤去されていたが、庭木が残っていた。延びないよう手入れされているだけで、巨木の松が三本もある。更地の端っこで、そこだけこんもりと土が盛られている。築山のように。
 マンションが出来るまで、ここは何だったのか。と今度はそちらへ興味が走る。
 宮田は地元の人間なので、土地勘がある。ここは三つほどの村の境界線。村はずれだ。要するに家屋のない田圃の端っこだった。その記憶はかなり遠い。村田の子供時代までさかのぼる。ただ、その時代は、もう村の面影はなく、住宅地になっていた。
 都心部で働いている偉いさんが建てた屋敷が多い。そのため、どの家も敷地が広い。その中の一軒が、更地となった、あの場所だろう。
 では、その屋敷が建つ前は、田圃だったことになる。
 しかし、あの古い松は、田圃時代からあったように思える。村はずれの三本松として、有名だったのかもしれない。
 三つの村と三本の松。これは何か意味がありそうだ。
 それぞれの村が、村の端っこに目印としての松を寄り添うように植えたのではないか。しかし境界線の目印ではあまり意味はない。何かの記念かもしれない。
 昔、三つの村で何かが起こり、トラブったのかもしれない。そして落とし前が付き、それをいつまでも覚えておくために、共同で松を植えた。
 そういえば、この近くに大きな池がある。ため池だ。農水用なのだ。
 きっとこれに絡む水争いでもあったのかもしれない。もうそのため池は埋められ、跡地に高校が出来ている。三本松はそのすぐ横ではないか。
 宮田はそんな想像を楽しんだ。
 
   了

 


2012年6月21日

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