小説 川崎サイト

 

妖怪博士と有馬博士

川崎ゆきお


「先日魔窟へ行ってきましたよ」
 有馬博士が語る。
「遊郭ですかな」
 妖怪博士が応える。
「悪魔の洞窟ですよ」
「いましたかな。悪魔は」
「洞窟は人工的なもので、ここに悪魔を設置する段取りだったことは推測していいと思います。隠れキリシタンの里近くですから」
「悪魔より、そちらの方が値打ちがあるんじゃないのかな」
「ああ、まあ、そうなんですが」
「宣教師が悪魔を持ち込んだのかねえ」
「そのように思います。こちらの方が価値が高いのです。これはキリスト系の悪魔ですが、時代的には大航海時代、日本でいえば戦国時代です。しかし、その後、悪魔が普及した形跡はありません。やはり、禁じたのが効いているのでしょうなあ。熟度不足です」
 妖怪博士は和物が特異で、有馬博士は洋物が得意のようだ。
「西洋の悪魔、これはヨーロッパから来たもの以前に、中近東からも多く来ていました。奈良にペルシャ人が来ていたでしょ。だから、中近東からも、ややこしいものが来ていたのかもしれません」
 有馬博士は呼び名で、本名は別にある。神戸は六甲の裏側にあるあの有馬だ。有馬温泉近くに長く住んでいたことがあるので、いつの間にか有馬博士と呼ばれるようになった民俗学者だ。だから、別府でも草津でもかまわないのだ。ただ、下手物の民俗学者間だけで通用する官名のようなものがあり、朝廷官位の伊豆の守なら伊東博士でも天城博士でもいい。
「明日香の酒船石。あれは麻薬を作っていたのかもしれませんなあ。これで幻覚を見る。アラブの魔物が見られるかもしれません」
「あれは、アサシンが暗殺にいく前に飲む薬だという噂ですが、どうなんです」
「やはり、蘭方と漢方ほどの違いがあるのでしょう」
 有馬博士は、こういう話が好きだが、相手を選ぶ。妖怪博士となら、安心して話せる。その内容は、ほとんどが冗談のようなもので、学術的ではない。
「私が思うには、外来の神としての仏さんが、神も悪魔も持って行ったんじゃないのでしょうか」
「ああ、そこに取り込んだのですね」
「だから、洋物も取り込まれたと思います」
「それよりも妖怪博士、あなたの悪魔狐付き説は、どんなものでしょうか。その後、研究は進みましたか」
「狐は、動物の、あの狐じゃないのですよ有馬博士」
「ほう」
「狐なら許される縄張りがあります。お稲荷さんの役目です。ややこしいものは、お稲荷さんに任せたんじゃないでしょうかねえ。仏軍を煩わせたくない。神軍も煩わせたくない」
「それは、どういうことでしょう。神と仏の系譜と狐は違うのですか」
「別枠です。これを妖怪系と呼んでいます」
「どういう役目を」
「いい質問です有馬博士」
「はい」
「質問はよろしいのですが、答える側が今一つ練れておりません」
「仮説でもよろしいので、是非聞きたいところです」
「まあ、これは仮説としても緩い話ですが、まあ汚い仕事を受け持っておるんじゃないかということです。これは一面です」
「正規のガードマンではなく、ヤクザを使うようなものですか」
「その方面もありますが、違う方面でもある。それはですなあ」
「何でしょう」
「たとえば、非常に勢力の強い神社があるとします。その周辺には寺は建てられない。ましてや地元の村規模の神社も、遠慮して立てられない。ただの氏神様ですからな。そして大神社のお膝元でも建てても苦情が出ないのがお稲荷さんなんです。お稲荷さんなら許される。それは、大神社や大寺院では扱いにくいことを、お稲荷さんに任せる。そういう説です」
「お稲荷さんに近いものとして、犬神様もありませんか」
「そういう土俗のもの貴重です。要するに狐も犬も、畜生でしょ」
「はい」
「だからです有馬博士。西洋の悪魔が上陸していたとすれば、その管轄はお稲荷さん系だということです」
「神や仏の中に悪魔系がいるかもしれませんが、そちらはどうなのでしょう」
「祟る物は神になります。それで鎮める。だから、争わない。拝めて、おとなしくしてもらう。ただ」
「ただ」
「無料じゃないですよ」
「わかてますよ。妖怪博士」
「まつられるのを拒否した魔物は、まつろわぬものとして、組み込まれない。それらを扱うのがお稲荷さんです。狐のせいにすると言うことです」
「冗談のような話ですねえ。妖怪博士」
「うむ、冗談だがね」
「じゃ、また近くまで来たら、そういう話、お願いします」
「今日は、これからどちらへ」
「ややこしい古墳がありまして、それを調べに行きます」
「大変ですなあ。フィールドワーク物は」
「はい、年取ってからの野外活動はきついです」
「お大事に」
 
   了


2012年6月22日

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