小説 川崎サイト

 

出席

川崎ゆきお


 郊外にある和風ファミレスでの話だ。ファミレスだけがぽつんとあるわけではない。周囲には宅地や工場がある。幹線道路沿いなので、客のほとんどは車で来る。そして、常連客は近所の年寄りだ。
 増田はファミレス横の高層住宅に住んでいる。市営住宅だ。昔の平屋のこぢんまりとした庭付きの家ではなく、普通のマンションと変わらない。一人暮らしの増田は、朝と夜、このファミレスで食事をする。学校の先生だったので、老後は安定しているし、また独身のため、貯蓄がある。さらに両親の財産も相続しているので、結構裕福だ。
 だが、金銭的には満たされないのは、近所づきあいで、二年前出来た、高層の市営住宅になってからは、近所の人と話す機会は激変した。
 それを補っているのが、近くにあるこの和風ファミレスなのだ。店員との一言二言の会話態度で、十分満たされる。また、いつもの人が、いつもの席におり、いつもの店員が店内にいることでも、満たされるのだ。人のいる場所に出ている。自身その姿をさらしている。もうこれだけでもいい。
 さらに満たされてる事柄がある。それは最近同じテーブルで一緒になった青年だ。増田老人から見ると青年だが、既に三十をすぎている。
 ファミレスが込む夕食時、どのテーブルも満席となり、その青年と相席となったのだ。そこで、少し話すことになり、不思議と会話が弾んだ。
 増田老人は蝉とりの話をした。青年もやったことがあるらしい。その青年も一人暮らしで、バイトで暮らしているらしい。フリーターだ。
 増田は刺身や寿司を多く食べ、青年はかやくご飯とうどんを組み合わせたり、卵丼とざるそばを組み合わせたりしている。
 そして、二人はほぼ毎日、夕食を共ににした。満席でなくても、どちらかのテーブルへ行くようになったからだ。
 しかし、ある日を境にして、青年は来なくなった。
 引っ越しの話は聞かない。あまりプライベートな話にならないように避けていたので、青年の日常がどんなものかは増田老人は知らない。
 病気でもしているのではないかと、心配になった。
 ファミレス近くのアパートに青年が住んでいることを知っていたので、増田老人は訪ねてみることにした。
 アパートの場所は分かっていた。長年住んでいるため、どこに何があるのかは見当が付くのだ。青年の名前は城之崎、だから、アパートで部屋の表札を見れば、簡単に探し出せるはずだ。
 そして、そのドアの前に増田老人は立った。昔、生徒の家庭訪問をしていたときのことを思い出した。教室で見る生徒の雰囲気と、住み暮らしている家の中で見る生徒との印象が全く違う。だから、その違いには慣れているので、問題はない。
 ただ、ファミレスへ来なくなった理由はいろいろあるはずだ。心配して見に来た……という、単純な動きを増田はやろうとしている。
 青年のことが心配なのではなく、増田自身が心配なのだ。というより、わけが知りたい。
 増田はドアをノックする。
「はい」
 ドアが開き、青年が顔を出した。
「あ」
「いや、元気かね」
「はい、ちょっと待ってください」
 青年はドアから離れ、奥に入った」
「少し待ってくださいね」
 奥で青年が、もう一度念を押すように言う。
 増田老人は、動かないで上がり口で棒立ち状態だが、目玉だけは忙しく動かしている。だが、のれんやカーテンが目隠しになり、奥がよく見えない。
「天ぷらを揚げていたもので」
 と、言いながら、青年が姿を現した。
「天ぷらかね」
「イワシの天ぷらです」
「あ、そう」
 青年は晩ご飯の用意をしていたらしい。
 増田老人が、ファミレスへ来なくなった理由を聞くと、バイトが減り、収入が減ったので、外食できなくなったとか。
「飯代は私が払うから、明日から出席しなさい」
 青年は、その出席という言葉が、妙に懐かしかった。
 
   了


2012年7月10日

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