小説 川崎サイト

 

仕事の本質

川崎ゆきお


 村本青年は人から拒否されるのが嫌いだが、拒否するのも嫌いだ。一番恐れているのは精神的なダメージを受けることだ。自分が傷つくのが嫌なのだ。それは肉体疲労や怪我ではそれほど感じない。精神的に傷つくことを恐れている。
 なぜならダメージを受けると、そのときだけではなく、かなり尾を引くためだ。後遺症のようなものとつきあうのが面倒なのだ。
 恐怖感、不安感がつきまとい、数日、あるいは数週間、それとつきあうのが嫌なのだ。後に残るというやつだ。
 この残ったものを抱えていると、それが鎮まるまで、普通に暮らせない。
 何かで失敗し、叱られた場合、それが自分の責任なら、あきらめることが出来るが、その場合でも、そのときの叱り方が気にくわない。もう少し、他に言い方があるはずだとか、叱り方が下手だとか、あの叱り方では、叱られた側が遺恨を残すはずだとか、そういったことを考える。
 当然、自分の責任ではないことで、叱られることも多い。だが、その範囲は曖昧だ。
 たとえば段取りを教えてもらっていないことを、自分で何とか処理し、失敗した場合、これは誰の責任だろうか。やり方を教えていない上司の責任だと村本は考える。教えてもらっていないのだから、失敗するはずだ。だが、上司としては、いちいち教えるのが面倒なのだ。また、先にやらしてみることもある。まずは説明なしの実践だ。これを村本は嫌う。なぜなら安全地帯がないからだ。どこにトラップがあるのか分からない。
 そのため、上司はトラップを最初に教えるべきだと村本は思う。それをしないのは上司の意地悪ではないかと考える。
 もったいぶって、教えないと解釈する。聞いてみると、何でもないトラップで、それなら先に言ってくれればいいのだ。
 村本は学生時代から相談相手になってくれている先生に、話した。
「社会とは、そんなものだよ。職場はね」
「理不尽です」
「社会は理不尽だ」
「だから、みんなすぐに辞めてしまうんでしょ」
「それがなかなか辞められん。新卒の場合はね。君もそうだろ。せっかく入社できたんだ。我慢して続けないとだめだ。まあ、三年はね。三ヶ月では早すぎる。そうだろ」
「それで三年で辞める人が多いんだ」
「それなら、周囲も文句は言わない。一応三年勤めたんだから」
「先生も我慢して続けたのですか」
「ああ、うまく泳いだよ。そうでないと、君の言うところの精神的ダメージを受け、しんどい日々になる。だから、ダメージを殺すスベを覚えたよ」
「それは学校では教えてくれませんでしたよ」
「微妙だからね」
「じゃ、働くってことは、ダメージ軽減をマスターするってことですか」
「そこまで極端じゃないが、仕事内容よりも、人間関係でしょ。問題は。ここばかりは、関数が分からん」
「そうです。変数だらけです」
「計算式そのものが間違っている。だから、矛盾を起こす。エラーを起こす。当然だ」
「分かりました。ダメージ軽減策を立ててみます」
「昔の処方箋がある」
「何ですか、それ」
「相手を人間だと思うな」
「え」
「人間だと思うから腹が立つ」
「じゃ、相手を無機物だと思うのですね」
「機械仕掛けのバグだらけのロボットだ」
「それって、尊敬できないってことですね。あまりいい処方箋だとは思いませんが」
「じゃ、自分で考えるんだな。ダメージ軽減策を」
「分かりました。仕事の本質が」
「そうだよ、いかに傷つかないように立ち振る舞うかが、仕事のメインなんだ」
「先生は変わっていますねえ」
「仕事術とは、そういうことだよ」
「違うと思いますが」
「傷つくことによる後遺症を考えなさい。リスクの方が大きい」
「はい、工夫してみます」
 
   了

 


2012年7月14日

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