小説 川崎サイト

 

安住職場

川崎ゆきお


 一般常識は場所によって違う。その場所で都合のいいことが常識となるのだろう。ローカルな慣習であり、ローカルな関数だ。そのため、他の場所では通用しないかもしれない。そして、何処にでも通用するグローバルな慣習は存在しにくい。共通するものが少なくなるためだ。基盤の互換性がないのだろう。
 もし何処でも通用するのがあるとすれば、それは真理だが。真理は使われ方次第で、どうとでもなる。
 また、真理はそれ自体には実用性がない。
 徳田は職場を転々とすることで、そういうことを観察した。職場で馴染むためには、これらのローカル関数を覚える必要がある。それはさして難しいことではなかったが、何となく芝居じみており、みんな嘘を付き合っているのではないかと感じてしまった。みんながやっているからやっている程度で、そのお約束を守らないと、立場上まずくなるからやっていただけなのだ。
 最初はその慣習に意味があり、そういう取り決めが出来たのだろう。だが、その立ち上げを知らないと、実感がない。
 最初は共存ための約束事、取り決めだったはずなのだが、今では掟になっている。掟には盲目的に従わないといけない。
 徳田が職場を転々としているのは、それに馴染めないからだ。きっと正直なのだ。
 だが、この正直さは、素直さではない。意味がよく理解できないことを盲目的には従えないというのは、正直な本音なのだ。一段掘り下げたことが災いになり、職場で孤立した。
 では、徳田はどんな常識を使っていたのだろうか。
 それを徳田は検証してみた。こんなことを検証すること自体に徳田の特殊性がある。一般的には、そんなことはしない。それ以上突っ込まないのが一般的で、一般常識なのだ。皮一枚でいいのだ。肉まで掘り返す必要はない。ましてや骨まで調べる必要はないのだ。
 そこで徳田は変な人が集まっていそうな職に就いた。ユニークな人達がいたが、そこででもトラブった。それは、個性豊かな人達の振る舞いを見て、常識を知らない人々だと思ったからだ。そこまで個性を発揮し、そこまで自由に振る舞うのは、問題ではないかと思ったのだ。
 ここで徳田は常識家になってしまった。他の職場では非常識と言われたのだが。
 徳田の職場選びは、その後、村探しになった。
 安住の地のような、住みやすい村を探すことだった。
 つまり、徳田が考えている常識に当てはまる職場を探した。当然のことながら、そんな場所はない。
 結局徳田は人付き合いが下手なのだ。人との接触が下手なのだと気付いた。だから、人と接しにくい職場なら、うまくいくかもしれない。
 それで、自営に走った。
 一人でやっている職業というのは、その職種が好きなのではなく、安住の地探しで行き着いた結果なのかもしれない。
 収入は減ったが、一人でコツコツ出来る仕事が合っていたのか、その後徳田は転職していない。
 世の中には人と接しなくても十分やっていけるタイプがいるものだ。
 
   了

 


2012年7月20日

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