小説 川崎サイト

 

月額課金

川崎ゆきお


 営業部のオフィスだ。支社の最前線基地のようなものだ。
 そこに帰任した石垣は、隣のデスクのモニターを盗み見している。
「石垣さんもやりますか」
「何かね、それは」
「ベテランの人には必要のないものかもしれませんが、参考になりますよ」
「何に使うんだ」
「攻略法です」
「そうなんだ」
「私の場合レベル3です。これは推定ですが、石垣さんはレベル8ほどあると思います。見た感じですがね。失礼ながら、石垣さんの成績を参考にしました」
「そんなの出ているのかね。この画面に」
「このサービスではないですが、アクセスできる仕掛けがあるのです。本社の」
「ああ、そうなんだ」
「それで、本題ですが、私が次に狙っているターゲットのB社はレベル5なんです。本来なら無理です。しかしレベル4より攻略しやすいのです。なぜかといいますと、それが分かったのは、この分析サービスのおかげです。レベル4のA社とレベル5のB社との詳細情報が出ます。ここでいうレベルとは総合レベルです。総合ですから、鉄棒もあるし、つり革もあるということですね。分かりやすくいいますと、このB社の総合レベルは5ですがつり革レベルは3なんです。要するに弱点ですね。ところが総合レベルが低いA社ですが、詳細での各項目のレベルはどれもレベル4なんです。ということは、レベル3の私でもレベル5のB社に挑戦した方が、勝ちやすいと言うことです」
「よく分からんが」
「はい」
「それは何だね」
「会社オールシーズン報のネット版です」
「そこまで詳しく出るのかね」
「要するに、私はレベルの高いB社でも、攻略可能なのですよ。レベル5で高いのですが、弱点箇所があり、そこはレベル3なんですから、私でも狙えます。互角です」
「ほう。それは素晴らしい」
「ただ、この情報は、運は計算外です。考慮されていません」
「運?」
「相手の担当者の、その時間帯での気分のようなものです」
「それが、運なのかね」
「その時間帯、機嫌が悪かったとかです」
「ああ、あるよね。そういうのは」
「しかし、レベル3の私でもレベル5を落とせることが、これで分かります。弱点は分かっています。社内での連絡網が弱いことです。要するにチームワークが悪いのです。それでもベルが高いのは、実力のある人が多くて、総合レベル5でも、レベル7を出すような人がいると言うことです。まあ、ばらつきがあるんですね。そこが狙いです。私の」
「これは売っているのかね」
「これはサービスです。高いです。非常に。しかし、非常によくできた情報です。おかげで、効率のいい営業が出来ます。だめだと思っているようなB社を落とせる可能性が見えたのですからね。落とせば金星です」
「情報化時代だからねえ」
「そうなんです。情報化時代とは、弱いものが利用する世界なんですよ」
「どういうことかね」
「石垣さんは、こんな情報を得なくても、敵なしですよ」
「どういうことかね」
「だって、この支社のある地域、最高レベルはレベル7なんです。石垣さんレベル8ですよ。だから、どの社に向かっても、まあ、勝てますよ」
「うむ」
「情報が必要なのは弱者なんです。レベルの低い、私らには必要です。だって、負けますから」
「高かったんだろ。そのサービス」
「はい、月額課金代が大変です。給料が……」
 
   了

 


2012年7月21日

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