小説 川崎サイト

 

亀起こし

川崎ゆきお


「妖怪博士、たまには妖怪談をお願いします」
 妖怪博士付きの編集者が念を押す。
「いつも、妖怪談をしているはずだが、違うか」
「本当の妖怪が出てきません」
「で、ここで喋るのか」
「はい、レコーダーの用意しています」
「何処で発表する分だ」
「妖怪博士公式ホームページです」
「そんなのがあるのか」
「はい」
「ギャラは」
「はい」
「はいじゃない」
「サービスです」
「私がサービスするのか」
「読者サービスです」
「まあいい。じゃ、もう適当でいいなあ」
「はい、どうせ誰も読んでませんから」
「どういうことか」
「気にしないで、話してください。簡単で分かりやすい妖怪で、結構ですから」
「では、亀に関する妖怪はどうじゃな」
「もう、何でもいいのです。何でも」
「亀は知っておるなあ」
「はい、知っています」
「亀はひっくり返せば、それで終わる」
「はあ」
「亀は上向きにすれば、それで終わりじゃろ」
「ああ、そうなんですか。戻れないのですか」
「まあ、ひっくり返されるようなことは滅多にないがな」
「亀の妖怪なんですね」
「違う」
「あ、失礼」
「亀は水の中では自在じゃ。潜水艦のようにな。竜宮城へも潜れる。深海潜水艦のようなものじゃ。しかし、亀の妖怪ではなく、陸にいるときの亀の話じゃ」
「ひっくり返るのですか」
「ひっくり返されたり、滑って転んでひっくり返ることもある。陸では戦車のようなものじゃ。あれも転ぶと終わる。ひっくり返るとな。まあ、それはよほどの斜面を妙な角度で移動しなければ大丈夫だろうが」
「非常に長い前置きですねえ」
「浦島太郎じゃないが、子供の悪戯で、ひっくり返された亀があちらこちらにおる。自分で戻せななくて、四本の足をばたばたさせ、首を精一杯伸ばしたり、ひねったりしても無理なんだ」
「それは亀の種類にもよるのではないでしょうか。足が非常に長い亀なら、テコの原理で、うまく起きるかもしれませんよ」
「妖怪談じゃろ、細かいことを言うな」
「はい」
 それで、日本中あちらこちらの川縁や河川で、ひっくり返った亀がおる」
「それは可哀想ですね」
「実は、話はそこからじゃ」
「はい」
「それを助けて回る妖怪がおる」
「はい、やっと出ました。妖怪が」
「妖怪亀起こし」
「いい妖怪なんですねえ」
「この妖怪、亀専門で、他の生き物がひっくり返っていても助けようとはしない。亀だけを助けるのだ」
「仰向けになった亀は不憫ですからねえ」
「亀は浦島太郎も乗るが、神仏も乗る。神聖系の仙人も乗る。貴重な乗り物なのじゃ。それだけにメンテナンスも進んでおる」
「車が故障して、動かなくなったとき、助けてくれる、あれに似てますねえ」
「何て言ったかのう、三文字ほどのアルファベット」
「僕の知り合いで、そのこの人がいます。昼間寝てますよ」
「そんな話はいい」
「はい」
「亀起こしは一寸法師ほどの大きさだが、針の剣ではなく、長い棒を持っておる。梃子起こし用の棒じゃよ。釣り竿にも見えるが、船の艪に近い」
「絵的には一寸法師に櫓か櫂を握らせればいいのですね」
「そいつが、日本中歩き回っておる」
「一見して、亀起こしだとは思えませんねえ」
「妖怪の中でも正体が分かりにくい不審者じゃ」
「でも、川縁で、そんな一寸法師のお侍さんに出合うと、驚きますね」
「ひっくり返った亀を見つけるまでは、姿を現さないので、滅多に人目には触れぬ」
「そうですねえ。ひっくり返っている亀を見るのも、滅多にないわけですから」
「ひっくり返っている亀がいて、翌日行ってみると、亀はもういない。これは亀起こしが起こしたからじゃ」
「はい、それでオーケイです」
「何がかね」
「無事、記事になります」
「こんなのでいいのかね」
「はい、誰も読んでませんから」
 
   了

 


2012年7月23日

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