小説 川崎サイト

 

因蛾

川崎ゆきお


 深夜、ふと目を覚ましたのは、何かの気配を感じたからだろう。引っ越し先の借家での話だ。
 高島は、それを内因ではなく、外因だと思った。つまり内因は精神的なもの、肉体的なもので、内側に原因がある。何者かに起こされるような感じだ。
 ただ、高島の経験では、病的なことが多い。神経が高ぶっていたり、疲れていたり、ストレスをためているとき、よく眠れないのだろう。だから、それで起きてしまうことがある。健康なときは朝までぐっすり眠れる。統計を取ったわけではないが、夜中に目を覚ますのは、そういう時期が多い。
 今回は、それではなく、外因だと思いながら、目を開けた。しかし確実に起きてしまうと、今度寝入るのが大変なことがある。だから、うっすらと目を開けたのだ。もし目を見開いてしまうと、覚醒してしまう。 今回、それを外因だと感じたのは、あくまでも感じだ。こればかりは説明しにくい。物音がしたので、目を覚ました。というような類だ。音がしたとき、眠っており、それで目が覚めときでも、覚えていないことがある。きっかけが何かは夢の中だ。ただ、何かで反応し、起きたことになる。今回は、これに近い。
 借家は郊外の静かな場所にある。庭もある。一人暮らしにしては広すぎるが、家賃が安い。駅からかなり離れていることと、バス停も近くにはない。また、木造の二階建てだが、かなり古い。二階はそのまま物置にしている。
 ぱさぱさと、音がする。よく聞かないと、分からないほどの音だ。空気の振動に近い。まだ音として確立していないような音だ。
 室内は真っ暗ではない。電気器具の小さな明かりが蛍のように灯っている。決して照明にはならないが、微光程度の役目をしている。方角が分かる程度だ。
 その微光が部屋中に充満している。そんなはずはないのだ。電化製品は床やテーブルまでの高さだ。それより上にも、微光がある。それらは発光しているのではなく、反射しているのだ。
 その微光は飛び回っている。蛍の季節は過ぎている。また、室内に蛍など入り込まないだろう。
 それらの飛行物は、白地だろうと想像できた。白くて小さなものが、部屋中を飛び回っているのだ。数にして十個以内。少なくはないが、多くはない。
 これで、目が覚めたのだと、高島は確信した。動かぬ証拠だ。異変なのだ。しかし、非常に小さな音なので、こんな音で目が覚めるとは思えない。
 そう思った瞬間、その中の一つが高島の顔にぶつかってきた。そしてそのまま飛び去った。
 眠っているとき、同じことが起こったのだ。顔に当たったとき、少しだけ感触があった。外因はこれなのだ。
 高島は電気をつけた。
 十個の光るものは、蚊のような虫だった。蚊にしては羽根が広く、白っぽすぎる。蛾かもしれない。
 部屋の何処かに幼虫がいたのだろう。それが一斉に羽が生え、飛び出したのだ。
 初めての飛行のためか、ぎこちない。
 外因の因がはっきりしたので、高橋は目を閉じた。こんなことで、寝不足になりたくなかったからだ。
 
   了

 

 


2012年7月26日

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