小説 川崎サイト

 

大作家幽霊を語る

川崎ゆきお


 妖怪博士の所へ、幽霊博士が訪問した。
「おや、また近くまで用事で、来られたのですかな」
「いえいえ、今日は相談です」
「怖いですなあ。幽霊博士からの相談は。一般的なものではないはず」
「はい、商売柄、そうなります」
「分かりました」
「相談というのは他でもないのですが、幽霊の話です」
「それ以外の話はないでしょ。幽霊博士が来たのです。それは幽霊の話をしに来たとみて当然。しかし、相談とは、どういうことかな。私は妖怪博士なので、幽霊は縄張り外、まあ、境界線が曖昧ですが、その手の話はあなたに振るようにしていますよ」
「今回は冗談では済みません」
「だから、ジャンルが悪いのです。心霊ものは。妖怪なら冗談で済むが、幽霊はそうではない。リスが大きい」
「はい、それは承知の助です」
「で、どうしましたかな」
「とあるベテラン女流大作家が幽霊を見ているのですよ」
「はいはい」
「もうお婆さんです」
「女流作家が幽霊を見た。別に何か問題でもありますかな」
「それをとある雑誌に掲載したのですよ」
「普通でしょ」
「そうなんですが、それは小説ではなく、体験談のような形で、だから実話です」
「別に問題はないでしょ」
「雑誌掲載後、編集部に問い合わせが殺到しましてね、それで、僕に調べて欲しいとのことなんです。本人に内緒で」
「調べるといっても、その文章を検証する程度でしょ」
「そうなんですが、彼女は心霊現象を認めていることになります。これは作家性に関わるのです」
「そんなものかね。それで、どんな幽霊を見られたのかな。その女流作家のお婆さんは」
「若いころは見なかったらしいのですが、年をいってから見えるようになったとか。最初は彼女の母親が仏間で座っていたとか」
「亡くなられた作家のお母さんですな」
「そうです」
「あなたは幽霊博士で、専門でしょ。どうなんです」
「作家先生には失礼ですが、それはないと思います。幽霊が出たわけじゃありません」
「つまり、錯覚ですか」
「もう少し進んでおられるようです」
「じゃ、幽霊博士としては、もう答えは出ているわけだ。調べる必要はないと」
「その幽霊体験談をじっくりと読みましたが、目撃者は彼女だけなのです。だから、彼女も黙っていたらしいです」
「それはどうしてですか」
「作家イメージに関わるからでしょう」
「ほう」
「しかし、もう年を取り過ぎて、よくなったんでしょうね」
「幽霊を認める書き物をしてもいいと」
「そうです」
「じゃ、私に相談しに来る必要はないでしょ」
「最初は肉親の霊ですが、見知らぬ人の霊まで現れ、ここは霊の通り道ではないかと書かれています。霊のだけではなく、妙な物音等々」
「例えば」
「夜中に笛や太鼓の音がする」
「それは症状でしょ」
「その通りなんです。だから、それをそのまま編集者に伝えるのはいかがかと思いまして、妖怪博士のお知恵を借りに来たのです」
「そう言われてもねえ」
「病状ではなく、文芸的な答えが必要なのです。何とかなりませんか。都合のいい妖怪はいませんか」
「床下にアライグマが住み着いていて、それが化かしていた」
「駄目です」
「うむ」
「日本文学を代表する作家です。もう少しレベルの高いファンタジーでないと」
「いやいや、それは無理というもの、妖怪が出た瞬間、もうレベルは決まったも同じ」
「では、妖怪以外でも結構です」
「優れた感受性というのはどうですかな」
「そのあたりで、僕も落としたいと思っています」
「しかし、幽霊を見たのなら、見たでいいではありませんか。下手な小細工をしなくても」
「妖怪ではなく、精霊系で、ありませんか」
「ありませんか、うむ、そんな商品、ありませんかと、聞かれたような感じじゃなあ」
「精霊系なら、文学っぽいです」
「どうせ妖怪はグロテスクだからのう」
 妖怪博士は考え込んだ。
「魔道が見える。魔女に進化したではどうだ」
「僕はすぐに分かりますが、それを説明するのは大変です」
「巫女ではなく、魔女の方がロマンがある」
「魔女ですか」
「うむ」
「妖怪博士は困ると狐狸か魔女に持っていきますねえ」
「これらは身代わりものとして、昔からあるんじゃ」
「はい、では、彼女は魔女の領域に達したと報告しておきます」
 
   了


2012年8月2日

小説 川崎サイト