小説 川崎サイト

 

生暖かい風

川崎ゆきお


 いつもの暑さではない。
 高田は熱が出ているのだろうかと、額に手をやる。だが、熱くはない。
 真夏の暑さは峠を越え、秋に向かっている時期だ。
 寝る前、テレビを観ていると、急に暑くなってきた。暑さ対策は開け放った窓と扇風機だけ。それで何年もこの部屋で暮らしている。
 窓からは風が入ってくるが、生暖かい。扇風機からの風が暖風のように感じられ、スイッチを切った。
 こんな暑い夏は初めてだ。しかも残暑の頃で、朝方などはひんやりとし、掛け布団を使うほどだ。
 温度計を見ると、それほど高くはない。昨日と同じような温度だ。それなのに昨日は、これほど暑くはなかった。
 高田は部屋の中にいると、蒸し焼きになると思い、外に出た。すると、同じように涼みに出ている人がいた。
 夕涼みではなく、もう寝る前なので、何涼みというのだろうか。しかし、あまり効果はない。風はあるが相変わらず生暖かい。
「もうそろそろ出ますよ」
 顔だけ知っている近所の人が、ぽつりとそう言うが、高田は無視し、広い道へ出る。
 すると、風が気持ちよく、汗も引き出した。そのまま、通りを歩いていると、気分が落ち着いてきた。逆に寒いほどだ。汗で濡れていた衣服が冷たく感じられる。こんなことをしていると風邪を引くと思い、引き返すことにした。
「今夜は出ないようですなあ」
 先ほどの老人がそう呟いている。それに答えるように、もう一人の老人が頷いている。
「どうかしましたか」
「大通りの方は出ないです。この一角だけです。しかし、せっかくの予兆なのに、出ません」
「何がですか」
「幽霊ですよ」
「はあ」
「あなたもそう感じて、外に出たのでしょ。室内で出ないとなると、屋外ですからなあ。しかし室内でも出ないし、外でも出ない」
「幽霊がどうかしたんですか」
「この辺りは、ややこしい場所でしてな。まあそれは禁句なので、誰も口にしないけど。でも知っているんですよ。私ら年寄りは。出る場所だってね」
「幽霊は、まあ置いといて、この暑さ、変ですよね」
「それそれ、生暖かい風」
「はあ」
「前兆ですよ。生暖かい風が吹けば、幽霊が出るんです。決まりなんです。それで、私ら、幽霊見物と洒落てみたんですよ」
 高田は、老人達の話は無視し、部屋に戻った。
 すると、あの蒸し暑さは消えていた。窓からは涼しい風が入ってくる。だが、温度計の数値はそのままだ。
 何かよく分からないが、風邪を引くと思い、肌着を着替え、再びテレビの続きを観た。
 とりあえず、あの暑さは去ったので、一件落着なのだ。
 
   了



2012年8月14日

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