小説 川崎サイト

 

村の盆踊り

川崎ゆきお


 下田は村の近くに生まれ育った。村の住人ではなく、外部から引っ越して来た。そのため村人ではないが、村には馴染みがある。
 その村は不思議な村ではない。古くからの伝説もない。信じられないような因習があるわけではない。ただ、それは村の中に根付いていないので、知らないだけかもしれない。
 下田はいつの間にかその村が故郷になった。しかし、どうも馴染めないのは、この村での盆踊りだ。
 村の盆踊りなので、村民以外は参加できないわけではない。既に昔からの村人より、外部から来た人の方が多い。また、村は分割され、宅地は宅地で一つの町内が出来ていた。
 馴染めない盆踊りとは、独自の踊りがあることだ。昔から伝わる音頭らしい。この音頭に合わせて踊るのだが、その振りは独自のものだ。三味線と太鼓の演奏で、稲作に関係する踊りのようだ。男踊りというのがあり、一人の男がカマキリのような仕草で踊る。盆の頃なので、まだ稲刈り前だ。だから、害虫駆除の踊りかもしれない。カマキリが害虫の代表なのだろうか。それを追い払う踊りなのかは分からない。
 この音頭は練習しないと出来ない。保存会があり、そこで伝承されていく。だから、普通の盆踊りのように、よくある音頭に合わせて適当に輪の中に入るわけにはいかない。
 村の盆踊りは夕方から始まる。最初は子供向けで、次はポピュラーな炭坑節や河内音頭となり、夜が更けると大人向けになり、田端義男のずんどこ節になる。電気ギターの音で、テンションが上がる。おとみさんなども盛り上がる。結構色っぽい。そこまでは普通の盆踊りなのだ。
 その後、メインイベントの音頭が始まる。このとき、観客がぐっと引く。帰り出す人がいる。ここからは村人だけの世界になるためだ。
 下田は、いつまでも村に馴染めないのは、この音頭なのだ。つまり、共有するものがない。
 それでも、子供の頃は、盆踊りや屋台が楽しくて、よく見に来ていた。村人ではないが、この村の神社でよく遊んでいた。そのため、顔見知りも多い。
 そして、あれっと思ったのは、休憩時間だ。ずっと踊り倒しているわけではない。間に休憩を挟む。
 その時間帯に、オムスビが配れた。大人も子供もそれをもらっている。だが、下田の分がない。村人の数の中に入っていないからだ。村の子供はオムスビをもらえるが、下田はもらえない。
 食べ物の恨みは強いというわけではないが、これが気になり、その後、盆踊りには行かなくなった。
 今も、この盆踊りの最後に、あの独自の音頭と踊りをやっている。村人以外は入り込めない世界だ。
 この踊りはきっと江戸時代あたりからのものだと思える。伊勢音頭が流行った時代と重なる。伊勢音頭はお土産だ。伊勢参りのとき踊りを土産に帰るのだ。そして、地元の村で、その伊勢音頭で踊る。
 さて、下田はその盆踊りが終わった時間帯に、そっと祭りの広場へ寄ってみた。もう片付けが終わっている。そして、村人が何処かで打ち上げをしているはずだ。
 村の広場に集会場のようなものがある。きっとそこで酒盛りをしているはずだと思ったのだが、明かりが消えている。
 そこにいないとなると、村の顔役の屋敷に集まっている可能性が高い。
 だが、それがどの農家なのかは分からない。
 ここから先は村の最深部に入り込む。きっと窺い知れない場がそこにあり、儀式があるに違いない。
 下田は、この隠された何かを未だに期待している。
 しかし、もうそういう昔からの村人など、いないのかもしれない。時代も世代も変わったのだ。
 
   了



2012年8月18日

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