小説 川崎サイト

 

癒やしの魔法

川崎ゆきお


 ファンタジー世界でのヒーラーの話だ。癒やす人とのことで、ある村に有名なヒーラーがいる。東方の魔女と呼ばれる有名人だ。魔女と呼んでいるが、実は男だ。ヒーラーは魔法使い系で精神的な力が強い。この東方の魔女は攻撃魔法ではなく、回復系で、精神的な癒やしを得意としている。
 今でいえば精神クリニックだ。
 そこへ精神的に傷ついた少女が、家臣と一緒に来た。
 とある領主の姫で、戦乱で多くの家臣や縁者を失った。姫は傷ついたのだが、その悲しみを表そうとしない。いつも笑っているのだ。感情を表に出せないのだ。現実を直視できないのだ。それでは立ち直れないと思い、家臣が連れてきたのだ。
「姫が本心を語れるように何とかお願いしたい。この子は感情を失っています。封印しているのです。亡くなった人達のことに触れようとしません」
「あ、そう」
 男である東方の魔女は無表情で聞いている。
「心の傷を癒やしてください」
「そういう贅沢な悩みは受けられません」
「だから、大金を払います」
「うーん、困りましたなあ。傷ついたのなら、普通には戻らんでしょ。だから、傷ついたままでいいのでは」
「それでは、この子、いや、姫の将来に関わります。婿を迎え領地を治めねばなりません。自分の感情を隠し……」
「誰だって、隠すでしょ。都合の悪いことは。思い出したくないことは」
「そうですが」
「そこから先は贅沢というものです。その、何でした。戦乱でいろいろな人が死んでショックだったというのは、分かりますが、生きているだけでも御の字でしょ」
「しかし、姫は、自分の感情を素直に出せないのです。これでは立ち直れません」
 姫はクスクス笑っている。笑うことで誤魔化しているのだが、これは安全装置なのだ。傷口を守っているのだ。
「気が触れられたのなら、何とかしましょう。しかし、このお子のレベルでは何ともなりませんなあ」
「姫は、現実を直視すべきです」
「あなた、家臣でしょ」
「そうです」
「だったら、無理に悲しいことを思い出させるようなことはしないほうがいいのではありませんか。それで立ち直るも何もないでしょ。不幸があったのでしょ。不運だったのでしょ。だったら、そんなものですよ。騒ぐようなことでもないし、無理に治さなければいけないことでもない。治癒も必要ない。その子はその子なりに治していくでしょう」
「この子は亡くなった縁者とのお別れもしっかりやっていません」
「そういう重い話は、私には無理です。もっと分かりやすい悪魔でも憑いておれば、すぐに払ってあげますよ。または、精神的に落ち込んでいる人にパワーを与えることも出来ます。しかし、その子は普通じゃないですか。にこにこしているし、健康そうだ。そこにパワーを加えると、副作用が出ます」
「しかし」
「その子に癒やしの魔法は必要ではない。なぜならその子は自分で治す力がある。今は傷口を守っておるだけ」
「大金を払います。だから」
「それは荒療治になりますぞ。この子が気にしている亡くなった人達を、ここに呼び出すことになります。ただ、私にはそれはできません。専門外ですが、それをやる婆さんを紹介します。しかしそんな余計なことをして、その子のバランスを崩す必要はないのです」
「がっかりだ」
「はい、では、お引き取りを」
 家臣は不満そうだが、姫はほっとしたように、東方の魔女を見た。助けてくれてありがとうと、目が語っていた。
 
   了

 


2012年8月26日

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